お題:関白亭主
少し前のことだ。城下町の喫茶店で、見知らぬ若い女性とマサキが差し向かいになって、何やら深刻そうな表情で話をしているのを窓越しに見てしまったシュウは、或る時、家を訪ねてきたマサキに思い切ってそれを尋ねることにした。
「何だよ。通りかかったんなら、声ぐらいかけろよ」
ソファの上に寝転がって雑誌を読んでいたマサキは、そう云ってからシュウが何を考えているのかに気付いたのだろう。床屋のかみさんなんだよ。あそこで鉢合わせしてさ……と、二人でいた理由を話し始めた。
歳の差二十の若い妻なのだという。
マサキの行き付けの床屋の主人が、齢四十にして先日結婚した。遅い春。ところが、若い妻を手に入れて舞い上がってしまったのか、家の中で亭主関白に振舞うものだから、甘い生活を夢見ていた彼女は不満が募っていってしまったようだ――余程、ストレスが溜まっていたのではないだろうか。そうでなければ、偶々顔を合わせただけのマサキに、夫婦間の悩みを吐き出しもしまい。
そこで、弱り切った様子の妻が可哀相に感じられてしまったマサキが、放っておくのも収まりが悪いと、仕方なしに主人に話を付けに行くと、これがまあふてぶてしい。自分の妻なんですから、どう扱おうが勝手でしょ。そう宣う主人に、あんた、客には愛想良く出来るんだから、自分の奥さんにも愛想良く振舞えよ。呆れてマサキが云ったところ、主人ははっと何かに気付いた様子で黙ってしまったのだとか。
後のことは知らねえよ。そう云ったマサキが、
「お前でよかったな、って思ったよ」
続けてしみじみとそう洩らしたものだから、それがどうにも愛おしく感じられて、シュウはマサキの背中の上。圧しかかってゆくと、重いって。笑うマサキの肩越しに、彼が読んでいる雑誌を覗き込んだ。