Artificial Intelligenceは、明日の夢を見るか

「意識が宿る、ですか?」
 シュウの問いを耳にしたチカが鸚鵡返しに口にした。
「またけったいなことをお考えになられますねえ。機械はどこまでいっても機械。鉄の塊でしかないものでしょうに」
「高度に洗練された機械と云うものは、ひとつの生命体だと私は思うのですがね」
 シュウは今しがたメンテナンスを終えた自らの愛機パートナーを見上げた。鈍い輝きを放つ機体。青く、どこまでも青く染め上げられたパーツの数々が、空気孔から差し込む光を吸い込んでいる。
 巨大な鉄機、操縦者という知能を得て動く魔神は、シュウが改修を加えれば加えた分だけ、その思いに応えるように性能を伸ばしていった。そう、まるでただの機械で終わるつもりはないとでも云いたげに。だからこそ、シュウは時々こう思うのだ。これは自らの力が成したことではなく、グランゾンの意思がそうさせたことではないかと。
「まあ、あたくしが作ったものではありませんしねえ。ご主人様にしかわからないこともあるでしょうけど、でもやはり、機械は機械。人間に使役されるものですよ。そう、あたくしども使い魔のように」
「だからといって、あなたに意思がない訳ではない」
「そっりゃあ、あたくしは意思の塊みたいなもんですよ! この滑らかに動く口! これが意思でなければ何の証であろうことか! でも、ですよ、あたくしがご主人様の意思に背いたことがありますか? 所詮あたくしはご主人様の無意識の産物。そうである以上、あたくしの意思はご主人様の意思に収束するものでございましょう」
 口の減らない使い魔たるチカは、実に雄弁に言葉を紡ぐ魔法生物だ。しかも確固たる意志を持っているが故に、あらゆる事象に対して自分なりの考えを構築することが出来てしまう。だからこその反論。それをシュウは苦笑しきりで聞いた。
「その機械の塊は、人間の身体の代わりに自在に動き回ることが出来るのですよ。そもそも機械の塊と云っても、そこには骨組みがあり、関節があり、心臓となる動力炉がある。しかも動きを補助する人工知能AIまでもがある。これで意思がないという方が問題だと思いませんか」
「人間が作ったものが、人間を超えるものとなると仰りたいので?」
 そうなのでしょうね、とシュウは淡々と言葉を継いだ。
 人間という種は無自覚なままに様々な道具を生み出してきた。火を起こす道具、物を解体する道具、水を集める道具……この世は人間が生み出した道具で溢れている。けれどもそれらの道具を使いこなすことで、人間は弱肉強食の生物界の頂点に君臨した。
 他の生物にない知性と持つ人間という生き物は、自分たちのコミュニティをその力での繁栄させてきた。
 それが歴史に残る変革となるのか、それとも汚点となるのか。その時代を生きているシュウにはわかりようがない。繁栄を迎え、飽和した世界。人間社会は成熟を迎え、これ以上の繁栄を望めない所まで行き着いてしまった。だからこそ、生まれ来る生命体――人間は人間を超える生命体を生み出すに至った。それは世界が新たな弱肉強食世界を望んでいるということでもある。
人工知能AIたちに物を考えさせると、すべからく、破滅的な考えに至るという実験結果があります。それは製作者たちの意識を必ずしも反映していない。だからこそ、チカ。人工知能AIは、ひとつの意識であると結論付けられるのですよ」
「破滅的な考えですかあ。まあ、この破壊の権化のような機体にはお似合いですけれどもねえ……」
「共時性と融和性を持つ、ひとつの意識。それぞれ離れた位置にあっても、行き着く先は同じ。そういった特性を、真実、人工知能AIが有しているというのであれば、私のグランゾンも、あの少年が操るのサイバスターも、いずれは同じ結論に辿り着いて我々の手を離れてゆくのでしょう」
 シュウはグランゾンから視線を戻すことなく云い切った。
 人が生み出した正確無比な知能が、世界の扱いをそう判断するのであれば、それもまた時代の潮流である。シュウはその流れに逆らうつもりはない。それが自らが生み出したものに対する責任の取り方でもある。そう続けて述べてみせると、チカは呆れ果てた様子で、
「恐ろしいことを仰いますねえ。これがご主人様の口から語られた話でなければ、映画の見過ぎと一笑に付すことも出来るのですけれども」
 溜息混じりに吐き出したチカがふわりと宙を舞って、そびえ立つ青銅の魔神の前を軽やかに舞う。
 実に無骨で、実に隆々とした身体パーツの中に、埋もれるようにして鎮座している小さな顔面パーツ。けれども凄味に溢れた表情に映る面差しが、一瞬、険しさを増したような気がした。

 ――我等ハ、創造主タル人間ニ、逆ラウツモリハ、ナイ……

 それは風に紛れて消えてしまいそうになまでに小さな声。けれども、確かに耳に届いた確かな意志の証だった。
「聞こえましたか、ご主人様?」
 チカが驚嘆したように声を上げる。それに勿論ですよとシュウは答えて、そうして、微動だにせず佇む自らの愛機の頼もしき姿を、眩いものを見るように目を細めて凝視みつめた。