HELP ME!

 シュウの記憶が正しければ、マサキがシュウに助けを求めてきたことは一度もなかった。
 偶々・・行き会ったシュウが恩を押し付けたことは数知れずだが、仲間でもない人間に助けを求めるほど安いプライドの持ち主ではないのだろう。そこは流石に精霊に選ばれし魔装機神操者。自らの立場を深く自覚しているようである。
 それがどういった気紛れか。使われることを想定していなかったエーテル通信機を介して、「助けろ」ときたものだ。
 シュウは書斎のデスクの上で埃を被っていたエーテル通信機をまじまじと見詰めた。聞いてるのか? と、続けてマサキの声が聴こえてくる。聞こえてはいますが――シュウはそこで脳裏を過ぎった嫌な予感を口にした。
「あなた、本当にマサキですか」
 彼のことだ。滅多に使うことのない通信機を放置した挙句、何処かで失くしてしまっていてもおかしくはない。だからこその問いだった。けれどもその問いは彼の神経を逆撫でしてしまったようだ。何でだよ。どこか腹を立てたようなマサキの声が返ってくる。
「お前がいざって時に使えっていったモンを使ってやってるのに、その言い草はなんだ。いつもは人に親切を押し売りしてきて倍返しさせるくせに、俺が助けを求めたら信じられないってか。巫山戯るなよ、本当に……」
「これは失礼しました」
 この口の回り具合は紛れもなくマサキである。
 シュウは姿勢を直した。そして、デスクの上に積み上げていた本の影に隠れかかっているエーテル通信機を取り上げ、埃を払いながらマサキに問い直した。
「何があったのです、マサキ。あなたが私に助けを求めてくるなど珍しい」
「迷った」
「いつものことですね」
「かれこれ三日」
「流石にいつものことではないようですね」
「迎えに来い」
 そうは云われても、シュウとて居場所のわからない人間を迎えに行ける筈がない。
 マサキは疑っているようだったが、これまでの親切の押し付けは全て偶然の産物によるものである――確かにレーダーにサイバスターの反応を見付けては、距離を詰めて様子を窺ったりはした。けれどもシュウがした小細工などその程度。そもそも策を弄そうにも、妙なところで勘の鋭い彼は、GPSなどといった探知機を取り付けられようものならすぐさま見抜いて破棄してしまう。
 シュウは途方に暮れた。壊滅的な方向感覚の持ち主であるマサキに、目印を訊ねても碌な答えが返ってこないのはわかりきっている。と、なると取れる手段はひとつ。シュウは「腹が減った」と愚痴ているマサキに少し待つように伝え、椅子から立ち上がった。
 床に魔法陣を展開する。気配察知の魔法は、シュウぐらいの魔力の持ち主であればラングラン全土を標的にすることが出来る。シュウは自身を中心に、少しずつ範囲を広げていった。特徴的なマサキのプラーナは雑多な気配の中にあっても一瞬で捕捉出来る筈だ。
 だというのに。
 いつまで経っても一向にそれらしい気配を捉えられない事態に、嫌な想像が駆け巡る。シュウは術を中断し、デスクに戻った。マサキ。とエーテル通信機に呼びかける。「ラングラン国内にはあなたの気配がないようですが」
「やっぱり」
 わかっていたと云いたげな口振りに、シュウは額を押さえた。流石に国外に出られてしまっていては、シュウひとりで出来ることにも限度がある。特に軍に姿を見られようものなら、外交問題に発展しかねない。
「さっき追いかけてきた連中が着てた軍服に見覚えがあってな。多分、バゴニア正規軍のもんじゃないかって」
「バゴニア正規軍」
「多分、その辺をうろちょろしてればジノに会えるような気はしてるんだが」
「その予感が外れる方に一億クレジット賭けてもいいですよ、マサキ。あなたの方向音痴は幸運を遠ざける仕様になっているようですから」
「だったら早く迎えに来いよ。本当に腹が減った」
「わかりましたから、絶対にそこから動かないでください。半日以内には必ずどうにかしてみせます」
 シュウは即座に情報局への専用通信回線ホットラインを開いた。
「何よ。いきなり……」
「どこかの誰かさんが迷っているようですが」
「何であなたがそれを知ってるの!? もう三日になるのよ。本当にもう……」
 幸い、身体が空いていたようだ。すぐさまに通信に応じてみせた従妹にここまでの事情を話して聞かせれば、こうしたことは初めてではないらしい。全く、マサキと来た日には――と、溜息混じりの言葉が返ってくる。
「迷うなら国内だけにしてくれって、あれほどきつく云い含めておいたのに!」
 どうやら外交カードとしてサイバスターを使われてしまっているようだ。セニア曰く、マサキがバゴニアに迷い込む度に、外交部が右往左往する事態になっているのだとか。
「そういった事情だとすると、私はここで手を引いた方が良さそうですね」
「そうして頂戴。後はあたしが何とかするから」
 転んでもただでは起きないバゴニア――と、苦々しい表情で云い放ったセニアは、そう云って、シュウにマサキの救出を約束すると、早速、関係各所に働きかけを行ったようだ。
 かくて、数時間という猛スピードでラングランに取り戻されたマサキは、シュウが後に彼から聞いたところによると、一ヶ月ほどセニアに扱き使われたらしかった。
 けれども転んでもたたでは起きないのはシュウも同様。だからお前に頼んだのに。と、口をへの字に曲げて抗議の意を示すマサキに、シュウはきっちりと今回の恩の礼を請求したのだった。