いつもは誘われて交わすことになる口付けを、その日のマサキが自ら欲したのに深い意味はなかった。
艦の夕食に付いてきたプリンの上にちょこんと乗っていたサクランボ。食べた瞬間に、何だか口寂しいと感じた。もしかするとそのざらりとした赤い果肉の舌触りが、あの男の舌の感触に似ていたのかも知れない。或いは、不健康な白い肌の中で浮かんで見える口唇の赤味。それを想起してしまったのかも知れない。
いずれにせよ、猛烈にその感触が恋しくなったマサキは、食後の通路で偶然行き合わせた彼を倉庫に誘い込んだ。
嘘だ。
多分そこにいると見当を付けた上で、わざと通りかかった振りをしたのだ。
主人の気紛れ且つ矛盾の多い行動を、二匹の使い魔は見て見ぬ振りをした。いけ好かないだの憎たらしいだの口にしながらも、誘われればほいほいと付いてゆく……確かにそんな主人の行動に、口を挟むなどするだけ無駄だ。彼らの気持ちは、当の本人であるマサキにも理解出来た。
この時もそうだった。自分たちに何も告げずに倉庫に入り込んだマサキを彼らは追ってこなかった。だからマサキはいけ好かない男とふたりきり。何にも阻まれることなく、壁際に寄り添って口唇を重ね合わせた。
僅かに重ねては深く、より深く。挿し込んだ舌を喉まで届かん勢いで伸ばしては絡め、そして時には飲み込まん勢いで啜る。たった少しの面積にしか過ぎない触れ合いが、どうしてこんなに心を掻き乱すのだろう。自ら彼を誘ったマサキは、だのに容易には満たされない口寂しさに、ついこう口にしてしまっていた。
――もっかい……
間近にある端正な彼の顔。冷ややかにも映る眼差しは、何を考えているのかを読み取らせなかった。
それでもマサキの欲求を叶えるつもりはあるようだ。重ねられた口唇に、マサキは我を忘れてむしゃぶりついた。
襟を掴んだ手で彼の身体を強く引き寄せて、足を絡め合うようにしてひたすらに。この時間が永遠になればいいのにと思いながら、吐息が響く暗がりの隅。マサキは脳が溶けるような恍惚が我が身を襲うその瞬間まで、幾度も彼と口付け合った。
けれども、いずれは満たされる時がくる。
はあ……と、最後の吐息を吐き出したマサキは彼の腕の中で身動ぎせずにいた。メトロノームのようにゆったりとリズムを刻む彼の胸の鼓動。それに暫く耳を傾けてから、もういい。と、その腕を擦り抜けて倉庫の出口に向かっていった。
通路に出ると、照明がやけに眩しく感じられた。
続けて倉庫から出てきた男を振り返ったマサキは、思ったほど赤くない彼の口唇に首を傾げつつ、それでも満たされた口寂しさに足取りも軽く。二匹の使い魔を連れて、男とは逆方向へと歩いていった。