RealTimeLovers

 任務の最中にサイバスターの通信チャンネルに割り込んできたシュウの台詞から察するに、どうやら彼はマサキには理解の及ばない方法を使って自室から軍の通信機能をリモートで操作すると、そこを中継地点に設定した上で会話に及んでいるらしかった。そこまでして伝えたい緊急の用件でもあるのかと続くシュウの言葉に耳を傾けてみれば、任務が終わってからでいいから家に来いとのこと。
 不条理に限りのないシュウの願いを易々とマサキが聞いてしまうからこそ、彼が付け上がるのはわかっていたけれども、万が一の大事である可能性も捨てきれない。その結果が大山鳴動して鼠一匹でもいいではないか。それならそれで久しぶりのふたりきりの時間をゆっくり過ごせばいいだけだ――……そう考えたマサキが、指定されたアパートメントの一室に足を踏み入れてみれば、シュウは早速とばかりにソファに座るように促してくる。
「で、何の用だよ。任務の最中に、わざわざ凝った方法で呼び出してくれやがったんだ。それなりの用事ではあるんだろうな……って、おい、シュウ」
 ソファの左。いつもの定位置に腰を落ち着けて話を切り出したマサキに返事をすることもなく、雪崩れ込むように空いたスペースに身体を倒したシュウは、マサキの膝の上に胸から乗り上がり、その細腰に腕を回してきた。
「何だよ。何があったんだよ、今度は」
 マサキの腹部に顔を埋めるようにして抱き付いていたシュウが、盗み見るような視線をマサキの顔に向けてくる。その表情を窺うに、決して機嫌が良いとは言い難い状態にシュウはあるようだ。
 まるで世界の終わりが訪れたような険のある眼差し。ただのしかめっ面ではここまで凶悪な面差しにはならないだろう。これは相当に機嫌が悪そうだとマサキが先々の難儀に思いを馳せた瞬間、マサキを見上げていたシュウは再びマサキの腹部に顔を埋めると、
「かれこれ二ヶ月ほど探している資料が、ネットワーク上には存在していないらしいということがわかったのですよ」
「そりゃあ大変な理由だな……って、云うと思うかよ。お前、そういった個人的な理由で法令違反をするなって、あれほど俺が云ったにも関わらずまたやりやがって」
 はあ、とマサキは宙に視線を彷徨わせながら溜息を洩らした。
 どうもシュウ=シラカワという男は、大量の博士号を有しているだけの知能があるからか、こと学術的な問題で危機を迎えると、世界崩壊と同じぐらいの危機感を覚えずにいられないらしかった。その都度、時間を問わずにマサキを呼び出してはこの有様。無理をしてまで駆け付けてきたマサキとしては、自分より遥かに年嵩の男の醜態に物思うところが出来てしまうのも当然のこと。
 だのにシュウは何度マサキが口煩く云っても、己のその行動と態度を改めようとはしないのだ。今もそうだ。マサキの腹部に片頬を埋めているシュウは、全く悪びれた様子も見せずに、己の都合ばかりを並べ立ててくる。
「大事の前にあっては些細なことですよ。そもそも軍の通信チャンネルの帯域は広い。少しぐらい拝借しても問題がないということぐらい、あなたもわかっているでしょう」
「どこが大事なんだよ。電子の海で見付からないんだったら、紙の資料に頼ればいいだろ。ネットワーク上の情報の入れ替わりは激しいけれど、紙の資料は長く残るってお前の台詞じゃねえか」
「その紙の資料は場所的な問題で手放してしまっているのですよ。だからこそネットワークに頼ったというのに。それも私が博士課程にいた頃には確かにネットワーク上にあった資料ですよ。それが消えてしまっている。これ以上の問題が何処にあったものか」
「何年前の話をしてるんだよ。お前、前に云ってたじゃねえかよ。学術的価値の低い論文は、早々にネットワーク上から引き上げられるって」
「そういった程度の低い論文ではないのですよ。エネルギーの収束に関する基幹研究と云ってもいいぐらいに、現在のロボット工学に影響を与えている研究結果の資料です。公益性の観点からして、容易に消されるとは考え難い」
 嘆息するように言葉を吐いたシュウは、マサキから離れるつもりはないようだ。そこで手の位置をずらすとシャツ越しに背中を掴んで来た。こうなると元の調子を戻すまでに時間がかかる男なのだ。とはいえ、シュウの気持ちや考えを理解してやれないマサキには、他にしてやれることもない。仕方なしにその髪を撫でてやる。
 それで少しは機嫌を持ち直したようだ。素直に膝に顔を埋めるだけとなったシュウに、「何で毎回こうなるかねえ」マサキは引き続き猫っ毛気味の柔らかい髪を梳いた。
「甘えているつもりなのですがね」
「どっちかっていうと、ストレスを発散してるんじゃないか」
「まさか。ストレスを発散するのでしたら、もっと直接的な方法を取りますよ」
 そこで例えば――と言葉を吐いたシュウが、上半身を起こしながらマサキの顔を引き寄せてくる。寄せられる顔にマサキは反射的に瞼を伏せた。ほどなくして重なり合う口唇。シュウの濡れた口唇の感触を口元に感じながら、マサキはこう思わずにいられなかった。でっかい犬か猫を飼っているような気分だ――と。