SO RUN A WAY FROM THE LONLY NIGHT.

 闇雲に、ただ闇雲に。何処を終着点にするのかも決められないまま、マサキは風の魔装機神サイバスターを、当てもなくはしらせていた。
 鈍感なマサキは物事の表面にしか目を向けていないことがままある、ラセツの件にしてもそうだった。マサキにとっては世界に害為すたおすべき敵だった彼は、けれども一部のシュテドニアスの人間にとっては、牽引力の強い指導者でもあった。それは彼に心酔していた人々が、マサキたちの敵になることを意味していた。
 ほんの少しだけでも物事の裏側に考えを及ばせていれば、気付けた真実がある。その、ほんの少しが足りないマサキは、いつだって現実に直面してから、自らの行動が引き起こした副次的な被害の規模を知ったものだった。
 戦災遺児だってそうだ。
 自らが戦いに邁進することで、親を喪った子供たちが生み出されるなど、どうして簡単にマサキに思い付けたものだろう。魔装機という鎧に守られた戦いで人は死なないと教え込まれたマサキは、魔装機戦での人の死を初めて目にするまで、本当に戦いで人が死ぬことはないと馬鹿正直にも信じていたのだ。
 当たり前のように奪われてゆく命。そして自分が奪った命。彼らには、彼らの帰りを待つ家族がいる。味方の戦死者の遺族に遺品を渡す役目を請け負ったこともあったマサキは、だのに何故か敵方の戦死者にも家族がいるという事実には思い至れなかった。
 ――何故、私の夫を守ってくれなかったの。
 ――母ちゃんを返してよ。
 ――僕の姉さんはあんたに殺されたんだ。
 砂を投げられ、石をぶつけられ、罵詈雑言を浴びせられる。憎しみも露わに自らに迫ってくる人々が、この世界の何処かには確かに存在している。それを仕方がないことと済ませきれるような性格であったなら、マサキはそもそも魔装機に乗る選択をしていたかどうか……かといって、彼らの憎しみを背負ってまで戦いの場に立てるほど、マサキの精神は頑丈には出来ていない。だからマサキは逃げたのだ。彼らが自らを責める言葉の数々に黙って耐えて、そうしてひっそりと、誰にも見付からないように街を出た。
 いつか大規模な戦闘の舞台となった街だった。
 復興が進んだその街に、安易にもマサキが足を踏み入れてしまったのは、長く戦場に身を置き続けてしまった結果、過去の戦闘の記憶が曖昧になってしまいつつあったからだった。
 忘却は人を迂闊にさせる。最早どの勢力とどういった理由で戦ったのかも忘れてしまったその街で、マサキはひとりの青年に出合い頭にこう言葉をぶつけられたのだ。よくもぬけぬけと顔を出せたもんだな、と。意味が分からずに足を止めたマサキを、次から次へと街の人間は取り囲んだ。そして失われた命に対する恨み言を、延々とマサキに聞かせ続けたのだ。
 どうすればよかったのかなど、マサキにはわからない。
 どれだけ自然に優しい武器を謳ったところで、それは机上の空論。あくまで理論値でしかない。魔装機による戦闘が起これば、草木は薙ぎ払われ、地形は形を変え、街の建物は崩壊し、人の命は失われる。土に残る影響がないだけ自然の再生は早かったが、だからといって人の命は取り戻せない。
 魔装機が輩出する人知を超えたエネルギーは、こうして少なからず人間社会に被害を与えてきた。盲目に戦い続けてきたマサキには、思い至れなかった現実。彼らの慚愧に堪えない言葉の数々は、マサキに衝撃を与えるのに充分なものであった。
 だからマサキは闇雲に風の魔装機神サイバスターはしらせた。忘れたくとも心に刻まれてしまった言葉に、後ろから追いかけられているような感覚に陥りながら。
 そうして、それと遭遇してしまった。
 いつしか空を覆い隠した鈍色の雲が、ぽつりぽつりと雨を降らせ始めた。打ち付ける雨粒。風の魔装機神という鎧の中にいるマサキが濡れることはなかったが、その、マサキの心を表しているかのような雨は、あっという間に操縦席に暖気が必要なまでに、空気を冷えたものとしてしまった。
 だからマサキは風の魔装機神サイバスターを停めた。停めて、操縦席に暖気が回るのを静かに待った。マサキの変調に押し黙っていた二匹の使い魔ファミリアは、陰鬱とした表情を晒している主人を、何も云わずに見守っていた。
 雨のカーテンの奥に目が覚めるほどの青いカラーリングが覗いたのは、暖気が回り切った操縦席で、それでもマサキが風の魔装機神サイバスターを動かすことが出来ずにいた時。距離を空けて風の魔装機神サイバスターの様子を窺っていた青き機人グランゾンは、やがておもむろにその搭乗者よりの言葉を通信機能から伝えてきた。
「偶然ですね、マサキ。王都から離れた土地であなたと出会うなど、珍しい」
 悠然とした笑み。滅多なことで表情を崩すことをしない男は、今日も今日とて余裕綽綽な態度で、モニター越しにマサキにそう語りかけてきた。何の用だよ。我ながらぶっきらぼうな云い方だと感じながらも、今のこの気分では、いつものような丁丁発止な遣り取りは出来そうにない。きっと今の自分は相当に不機嫌な表情を晒していることだろう――そう思いながら、マサキは男の次の言葉を待った。
「いつまで経っても動く気配がないようでしたから、もしかしたらトラブルかと思いましてね」
「そうじゃねえよ。雨で操縦席が冷えたから、温めてただけだ」
「ならば私の心配は杞憂だったのですね。良かったですよ、マサキ。何事もないに越したことはありません」
 穏やかな、けれども意思の強さが滲み出るような声が、風の魔装機神サイバスターの操縦席に響く。
 彼は初めて出会った時からこうだった。静かにひっそりと、息を吐くかのように言葉を発する。決して会う間隔を長くしていた訳ではないのに、懐かしく感じられる声。シュウの変わることのない声と態度に、救われたような気分になったマサキは涙腺を緩まさずにいられなかった。
 泣くもんか。マサキはシュウに覚られないように、奥歯をぎりっと噛み締めて涙を堪えた。
「しかし王都からはかなり離れてしまっていますが、どういった用件でここまで?」
「迷ったんだよ。わかれよ、そのぐらい……」
 気安く言葉を吐いているように見えても、心は千々に乱れている。
 声を張り上げて泣き喚いてしまいたい。
 己の行動を批判する人間に囲まれてきたばかりのマサキは、変わりなく自分と接してくれる人間と会ってしまったからこそ、その日常に安堵してしまった。安堵してしまったからこそ、自らの挫けた心を形振り構わずぶつけたい衝動に駆られてしまった。
 けれどもそれは、マサキの立場では決してしてはならないことなのだ――。
 受け止めなければならない罪。戦い続けることを選んだマサキが知らずに犯してしまった罪は、このまま何もなかったことにして遣り過ごしてしまっていい性質のものではない。直接的にせよ、間接的にせよ、マサキ自身が奪ってしまった命。剣聖ランドール、或いは、風の魔装機神が操者という比類なき立場にあるマサキがその重みを背負わずして、どうしてこれから先も戦えたものだろう。
 正義を求める戦いであるのに、何故、人の命が奪われなければならないのか。本音を云えば、そう声の限りに叫んで、縋り付いて泣いてしまいたい。俺を救ってくれと助けを求めてしまいたい。偶然に出会ってしまった男の変わらない態度は、心が弱っているマサキにとってはそれだけ毒でもあった。
 ――でも、そんなこと、云える訳がない。
 知己の人間の慰めを得て、それで心が軽くなったと思った所で、問題は何ひとつ解決していないのだ。マサキは気もそぞろにシュウと会話を続けながら、その合間々々にこれからの自分の身の処し方を考えた。
 戦うことを止めるつもりはない。どれだけ絵に描いた理想と嗤われようとも、世界の平和の為に自分は戦い続けてみせる。その気持ちに偽りはなかった。だのに、沈み続ける気持ち。昏い感情ばかりが胸をぎる。
 失ってしまった命は還らないのだ。
 取り返しの付かない罪を犯してしまったマサキはどう彼らに償えばいいのだろう? マサキは考えた。けれども上手く頭が働かない。恐らくそれは、今のマサキにとっては、到底答えが出せそうにない問いであるのだ。
 きっとシュウであれば、納得のゆく答えを見付けだせることだろう。巌の意思で過去の清算を続ける男であるからこそ、得ている真理がある。その矜持の数々は、マサキの大いなる助けとなる筈だ。
 マサキは改めてモニターの向こう側の男の顔を見遣った。いつも世の中を俯瞰して眺めている男。鼻持ちならなく映るその態度が、頼もしく映って仕方がない。
「では、マサキ。私はこれで失礼しますよ」
「ああ、悪かったな。何だか余計な気を回させちまったみたいで……」
 けれども結局、マサキはシュウに何を尋ねることもないままに。
 心を抉るほどに手厳しい言葉を吐くこともある男だ。彼にかかっては、他人に頼ることそのものさえも、甘えの表れと受け止められかねない。そしてそれは事実であるのだ。
 戦い続ける限り、避けることの出来ない罪……マサキは機影を遠くするグランゾンを視界の端に、操縦席に深く身体を埋めた。
 ――答えは自分で見付けるしかない。
 この自然豊かな大地に自らの足で立ち続ける為にも。
 マサキは風の魔装機神サイバスター起動準備セットアップを開始した。視界を覆っていた雨は、既に点々とした粒を落とすのみとなっている。帰ろう、王都に。コントロールパネルを叩いたマサキは、そうして大地に静かに滑り出す風の魔装機神サイバスターを操縦しながら、二匹の使い魔ファミリアとともに王都への帰路に就いた。

140文字で書くお題ったー
貴方はシュウマサで『言えるわけがない』をお題にして140文字SSを書いてください。