YOUTUBER白河番外編 夏だ!ホラゲだ!実況だ!

「今日はゲームをプレイしてもらいます」
「その割には俺にカメラが向いてるんだが」
 いつものようにシュウの家に上がり込んだマサキは、いつもとは少しばかり様子が異なるリビングに首を傾げた。
 ソファに向かって設置されているアクションカメラGoProはマサキの顔を撮るつもりであるようだ。顔の高さに合わせて三脚で立てられているカメラ。テーブルの上にはVRゴーグルとゲーム機らしき機械とコントローラーが置かれている。
「ゲーム画面を映すより、あなたのリアクションを映した方が再生数が稼げますからね」
「お前、随分と心が汚れちまったよな……」
 高等教育の布教を目標に掲げ、科学を扱っていたシュウはもういない。げに恐ろしきはガチ恋勢。声に惚れた視聴者たちにきゃあきゃあ云われまくったのが、相当に堪えたようだ。結果、カップルチャンネルの開設と斜め方向に気持ちを振り切った男は、動画の主役をマサキにしているからか。今やその再生数や登録者数に、強い拘りをみせるようになってしまった。
「当たり前です」と、マサキの言葉にきっぱりと云ってのけたシュウが微笑む。「やるからには世界一を目指さなければ」
 相変わらずの冷ややかな笑み。話の内容とのアンマッチぶりに、マサキとしては脳がバグったような感覚に陥る。
「だったらお前が画面に映れよ」
「厄介な事態になるのは御免なので」
「まあ、声だけでもあの騒ぎだったしな……それで? このVRゴーグルを付けてゲームをするんだよな。どういったゲームなんだ?」
 マサキはテーブルの上からゴーグルを取り上げ、ソファに腰を落とした。
 娯楽に関しては前時代的且つ牧歌的なラ・ギアスである。コンピューターゲームなど当然ありはしない。それなのに何故ここにゲーム機があるのか。地上のゲーム機ともまた形が異なるタワー型の本体。気にはなったが、地底世界に召喚されてから初めてのコンピューターゲームである。楽しみの方が勝った。
 久しぶりだなあ。懐かしさを感じながらゴーグルを頭にセットする。まだゲーム機のスイッチは入っていないようだ。暗くなった視界に手探りでコントローラーを探す――と、見兼ねたようだ。シュウがコントローラーを掴ませてくる。
「学校から脱出するホラーゲームですよ。コンピューターゲームに慣れているあなたには簡単かも知れませんね」
「脱出モノねえ。俺、謎解きは苦手なんだよな」
 コントローラーを握ったマサキに、そろそろと思ったようだ。ピコンとゲーム機のスイッチが入る音がしたかと思うと、薄暗い校舎の廊下がゴーグルの視界いっぱいに映し出された。
 血文字で映し出されるタイトル。このゲームはScream of the dead.というらしい。
 いつかどこかで聞いた覚えがあるようなタイトルに、ふうん。マサキは出鼻を挫かれたような気分になった。ホラーゲームにありがちなタイトルだ。それでも久しぶりのゲームだからと期待に胸を弾ませながら、スタートボタンを押ず。
「大丈夫ですよ、謎解きはありません。ロッカーや机の引き出しから使えそうな武器を手に入れて、怨霊を倒しつつ出口を目指すだけですから」
「それだけなら俺にも出来そうだ」
 始まりは教室の中からだった。マサキは首を動かして辺りを見渡した。
 教科書やノートが引き出しに詰まった机。置き弁をしている生徒がそれなりにいるようだ。けれども黒板は綺麗なもの。時間割にもおかしなところはない。
 人けがないことと時計の針が指している時刻が深夜であることを除けば、極々ありきたりな教室である。確かに視界は暗く、見え難くはあったが、これといってホラーぽいギミックのない視界。ここから段々とホラー要素が増えてゆくのだろうか? マサキはコントローラーを操作して、初期位置から動いた。
「今のところ何もないみたいだが、教室を出たら怨霊とやらが出てくるのか?」
「初期位置はリス地でもありますからね。ここだけは安全地帯になっていますよ。リス死はしたくないでしょう?」
「随分優しいゲームじゃねえか」先ずは探索だと、引き出しの中を漁る。「昔やったゲームでリス地がモンスターの湧き地になってるのがあって、あれにはコントローラーをぶん投げたもんだったが」
「クリアしてもらうことが目的ですからね」
「何だ? まるでお前が作ったみたいな口を利きやがる」
「作りました」
「は?」
「私が作ったゲームですよ、これは」
 何だと? マサキは探索の手を一度止め、ゴーグルを外した。嫌になるぐらいに端正な面差しが、至極当たり前のことだと云わんばかりの表情を浮かべている。
「動画ネタの定番ですからね、ホラーゲーム実況は。とはいえ、市販のゲームをプレイさせるのでは二番煎じに過ぎないでしょう。なのでネットで流行った様々なホラーゲームの要素を詰め込んだゲームを作ってみたのですよ」
 成程。マサキは納得した。ネットのムーブメントに乗っかるのが好きな男だけはある。流行りと聞いてやらずにいられなかったのだろう。そこに独自色を出したがるのも実にこの男らしい。
 とはいえ、人並み以上の頭脳を誇る男が作り上げたゲームである。彼が云うほどに簡単な難易度ではないのではなかろうか。
「……本当にクリア出来るんだろうな」
 ゴーグルを嵌め直したマサキはシュウに尋ねた。幸い、怨霊は教室内に勝手に足を踏み入れてくるような無法キャラではないようだ。廊下側の窓に幾つかの影が映ってはいるが、その場に留まるでもない。
 ――ってことは、この教室で先ずは装備を整えろってことか。
 教室の探索を再開したマサキに、勿論ですよ。と、シュウが応じる。
「私はコンピューターゲームは嗜みませんからね。素人が作ったも同様なゲームの難易度などたかが知れているでしょう」
「その言葉が真実ならいいんだがなあ」
 そこから数分。最後列の窓際の席の引き出しから、マルチツールタイプのサバイバルナイフを見付けたマサキは、随分心ともない武器もあったもんだと思いながら、更なる強力な武器を求めて、始まりの教室を徹底的に探索することにした。
「ちなみに武器はクラフトも出来ますよ」
「すげぇな、おい。盛り沢山じゃねえか」
 続けて教室の後方に並んでいるロッカーからロープを、掃除用具入れからモップの柄を入手したマサキは、それを頃合いとゲームの機能を明かしてきたシュウに感嘆の声を上げた。
「お前が作ったゲームだし、そこまで凝ったもんじゃないと思ってたんだがな」
「ただ怨霊を倒すだけのゲームですしね。そのぐらいのお楽しみ要素はあった方がいいかと思いまして」
「それにしても良くやるな。俺にプレイさせる為だけに作ったんだろ」
「勿論」
「愛情かねえ」口の端を吊り上げてみせながら、マサキはアイテム画面を開いた。
 わざわざこのタイミングでクラフト機能について言及してきたぐらいであるのだ。ここがゲームの基本を場所であるとということも併せると、この三つのアイテムは新たな武器の素材になる可能性が高い。マサキはアイテム画面に並んだ三つの武器を順番にクリックしてみた。だが、特に変化はない。
「ドラッグアンドドロップですよ。アイテムを重ねる順番が合っていれば、新しい武器がクラフトされます」
「成程。操作はなるべく単純化してるんだな。有難てぇ」
 そうなると順番は限られる。マサキはサバイバルナイフをモップの柄にドラッグした。どうやら予想が当たっていたようだ。モップの柄のアイテム欄にサバイバルナイフが収まる。続けてロープをドラッグする。と、手製の槍が出来上がった。
「耐久度はあんまりないんだな」
「モップの柄にロープを結んだだけですからね。壊れる前に次の武器を手に入れることをお勧めしますよ」
「他の武器も教室内にあるのか?」
「そうですね、大体は」
「じゃ、そろそろ戦いに行くか」マサキは教室のドアの前に立った。「こんな感じで武器を手に入れつつ、怨霊を倒して行きゃいいんだな」
「その前にもうひとつだけ、このゲームの重要な機能を話しておこうかと」
「何だ? 重要な機能って」
 廊下には相変わらず、不気味な影が幾つも蠢いている。直ぐにでもクラフトした武器を使いたいところだが、シュウが言葉で説明をしているところから察するに、このゲームにはチュートリアルはないようだ。だったらきちんと先に説明を聞いておいた方がいいだろう。
「HPゲージの下に可変式のステータスバーがありますよね」
「ああ。さっきから、伸びたり縮んだりしてるな。これは何を表してるんだ? MPって訳ではなさそうだが」
「声量を測っています」
「せい、りょう?」
 マサキはゲーム画面の右上で伸び縮しているステータスバーに目を遣った。通常、MPといった消費するタイプのエネルギーのステータスバーが置かれる場所だが、云われてみれば、確かにマサキたちの声に合わせて動いているように見える。
「人間の会話は60デシベル。大声が80デシベル。叫び声は90デシベルです。ということで、プレイヤーが驚いたらキャラクターが死ぬように、声に反応して可変するステータスバーを用意しました。80デシベル以上の音を立てたら死にます」
「マジか。ホラーゲームで叫ぶなって、中々キツイな」
「あなたはホラーゲームに耐性がありそうですからね。このぐらいの仕掛けはご愛敬ですよ」
「まあ、叫ばなきゃいいんだもんな。ゲームに熱中してたらそれどころじゃねえだろ」
 マサキはドアに手を掛けた。
 謎解きはからっきしなマサキではあるが、アクションやシューティングゲームなら腕に覚えがある。何せ、今や魔装機神サイバスターの操縦者であるのだ。実戦で鍛えた腕が鳴るとはこのこと。
 捻れた思考回路を持つシュウが作ったゲームであるということに引っ掛かりは覚えるが、ゲーム歴だけで云えば、子どもの頃からコンピューターゲームに馴染んできたマサキの方が遥かに長い。それはより多くのゲームにおける勝利の方程式セオリーを知っているということでもある。
 ――多分、なんとかなるだろ。
 新しい武器を入手しつつ怨霊を倒して出口を目指す。どんなゲームでもそうだが、やることがシンプルならばシンプルなだけ、クリアまでの道のりは短くなる。それならば、マサキにも勝ち目はあるだろう。
 何よりシュウは、マサキにクリアさせる為にこのゲームを作っているのだ。
 これでクリア出来ない方がどうかしている――やる気満々なマサキに、それならクリアタイムを計りましょう。マサキが乗り気なのが嬉しいようだ。シュウが喜びに満ちた声で云った。
「初見のゲームでどこまでやれるかはわからねえが、クリアはしてみせるぜ。てか、他に注意事項はないのか?」
「ゲームそのものに対する説明は以上です。怨霊の種類がどれだけあるかについては云わないでおきますよ。それはこのゲームの肝ですしね」
「よし、なら行くかね」
 マサキは窓に映る怨霊の影が途切れるのを待って、廊下へと出た。
 視線を影が往き去った方向に向ける。青白い燐光に包まれているのは落ち武者であるようだ。ざんばら髪の頭部を左手側の小脇に抱え、右手に刀を構えている。
「おお。結構、ちゃんと怖いじゃねえか」
 床に這い回っているのは、恐らくテケテケだ。下半身のない血まみれの肉塊は、落ち武者よりも俊敏性に優れているようだ。腰まで伸びた髪を引き摺るようにして、結構なスピードでマサキのいる方へと向かってくる。
「逃げてもいいのですよ」
「まあ、まだ初期位置付近だしな。戦い方を覚えるついでに、この武器でどこまでダメージを与えられるか試してみるさ」
 マサキは作り上げたばかりの槍を構えた。
 リーチの長い武器を始めに入手出来るのは有難い。ヒットアンドウェイで様子をみることにしよう。マサキは迫りくるテケテケに向かって槍を突き出した。
 グサ、グサ、ドシュッ!
 どうやらテケテケを倒すのには、三回攻撃を当てる必要があるようだ。ヒギャアアアアアアア……断末魔の悲鳴を上げながら、テケテケが消失する。
 同時に槍も壊れた。
「早いな、おい」
「急所を突くと一撃で倒せますよ」
「変なところで凝るなよ……」
 とにかく早急に新しい武器を手に入れる必要がありそうだ。だが、初期位置の隣の教室は入れないように出来ているらしい。開かないドアに、うーん。マサキは唸って、ポーズボタンを押した。
「これ、ドアが開いている教室と開いていない教室があるのか?」
「勿論。教室は安地ですからね。そうでないと武器を探すのが大変になってしまうでしょう?」
 その辺はきちんと考えているようだ。シュウの台詞に、成程――と、マサキは頷いた。謎解がない代わりに、探索にボリュームを持たせたというこか。
 マサキはポーズを解除して周囲を見渡した。見える範囲に教室は四つ。その中の二つの教室の探索は終わっている。
 ゲームの趣旨が趣旨だからだろう。マップ機能はなさそうだ。方向音痴のマサキには厳しいシステムだが、今のところは一本道な様子でもある。シュウもクリアさせたいのであれば、そこまで複雑な作りにもしまい。そう信じたマサキは先に進むことにした。
「じゃあ、逃げながら新しい武器を探すか」
「敵の吸い込み範囲は広めに取ってあるので、気を付けて逃げてください。人ひとり分ぐらい空けないと死にますよ」
「吸い込み範囲って格ゲーかよ。お前、本当にクリアさせようと思って作ってるんだろうな?」
 何やら物騒な台詞を吐くシュウに、マサキの脳裏を嫌な予感が掠める。シュウはゲーム初心者ではあるが、グランゾンの操縦者でもあったのだ。彼がもし、実戦で鍛えられた反射神経を基にこのゲームを作り上げていたとしたら?
 ――警戒はしておかねえとなあ。
 マサキはその先の教室に向かうべく、続けて迫ってくる落ち武者と、新たに廊下を曲がって出現した白いワンピース姿の女性を遣り過ごす為に、距離を取ってその脇を通り抜けようとした。と、突然に背後から細い指の白い手が顔の前に伸びてくる。
 しまった。と、思った時には遅かった。
 直後、ゴキリ、と耳に残る破壊音がした。首を折られたようだ。一瞬にして消滅するHPゲージに画面が暗転する。
「ちゃんとホラーじゃねえか……すっげぇ嫌な音がしたぞ、今」
 白文字で浮かび上がるreplay? の文字に、マサキはyesを選ぶ。どうやら残機でコンティニューなどといった甘えた機能は搭載していないようだ。再び始まりの教室が視界いっぱいに広がる。
「グランゾンの戦闘記録は残してありますからね。音源には事欠きませんよ」
「まさかの生音かよッ!?」
 想定の範囲外の出来事に、思わずマサキは声を上げた。
 ドゥン。と不気味な音が響く。何だと思う間もなく、画面右上の声量メーターの色が変化した。ああああ!? 焦ったマサキは更に声を上げた。即時に暗転する視界。ゆっくりとreplay? の文字が中央に浮かび上がってくる。
「これは狡いだろ!」
「事前に教えていますしね。狡くはないと思いますが」
 マサキは再度yesを選択した。
「なんつうゲームだよ。クリア出来るかくっそ怪しくなってきたじゃねえか……」
 薄暗い教室。三度始まりの教室に戻ってきたマサキは、今度の武器をどうするか考えた。槍での攻撃は三発が限界である。なら、サバイバルナイフやモップ単品での攻撃はどうなのだろうか?
 何せ捻れた頭脳の男が生み出したゲームである。場合によっては単品の武器の方が耐久度が高い、などということもあり得る。マサキは先程のプレイを思い出しながら、最短距離で武器を回収した。今回はサバイバルナイフとモップの柄をバラで使ってみよう。そう思いながらドアの前に立つ。
 画面を見た感じ、急所攻撃のアシスト機能は搭載していないのだろう。あくまで実プレイの中で発見してゆけということであるらしい。一昔前のゲームだなあ。そう思いながらも、思ったよりは歯応えのありそうなシステムに闘志が滾る。
「てか、さっきのゲームオーバーになった敵は何だったんだ?」
「逆さ女ですね。天井から突然湧いてくるので、気を付けた方がいいですよ」
「突然って何だよ。そういうのは先に云えよ」
 周囲は確認していたが、頭上にまでは気を配っていなかった。自らの手落ちにしてやられた気分になるが、そもそも説明書もチュートリアルもないゲームである。シュウの説明に頼るしかないマサキとしては釈然としない。
「そうは云われましても敵をどう躱すかがこのゲームのポイントですからね。事前にわかっていては面白くないでしょう?」
 愚痴るマサキに、クック……とシュウが声を上げる。
 決して純真な性格をしていない男の黒い笑いに、彼の性格を熟知しているマサキの胸は騒ぐ。
 ――これは他にも癖がある動きをする敵がいるんじゃなかろうか。
 それをやりかねないのがこの男なのだ。熱中するがあまり要素を大量に盛り込むことぐらいは普通にする。その結果、敵が豊富な出現パターンを持ってしまったとしても、マサキは驚かない。
「ちゃんと確認しておこうと思うんだが、お前このゲーム、クリアしたんだよな?」
「しましたよ。どれだけ私がゲーム初心者でも、流石に自分がクリア出来ないものを遊ばせたりはしませんよ」
 そこは制作者の責任としてしっかりと。そう力強く続けたシュウに、なら、後は根気とやる気の勝負だな。そう云って、口唇を引き絞ったマサキは教室のドアを開いた。

※ ※ ※

 頭上の逆さ女を躱し、正面の落ち武者やテケテケ、口裂け女を避けたり倒したりしながら、教室の探索をしつつ進む。
「流石はゲームに慣れているだけはありますね」
「気を付けるのは逆さ女ぐらいだしなあ」
 一度は逆さ女で、そしてもう一度は声を上げてしまったことでゲームオーバーを迎えたマサキだったが、システムに慣れたこともあってか。その後は順調に最上階のフロアを進んでいた。
 敵の動きにパターンがあることがわかったのも大きい。
 テケテケはかなり遠くからでもこちらの気配を察知して迫ってくるが、落ち武者はそこまで機敏には作られていないようだ。テケテケの半分ぐらいの距離に近付かないと迫ってこない。視界に入ると迫ってくる口裂け女と併せると、バランスの取れた組み合わせだ。
「慣れれば面白いな、これ」
「そう云ってもらえると作った甲斐がありましたよ」
「操作性が抜群だ。ストレスフリーで動かせる」
 シュウが云うには、ゲーム機本体の処理スペックの関係で、モデリングの面数を少なめに設定しなければならなかったのだとか。高解像度とは云い難いグラフィックはその所為であるらしい。だから画面を暗くして誤魔化せる夜の学校を舞台にしたのだそうだ。
 その代わり、操作性には力を入れたと見える。画面に何種類もの怨霊がひしめき合っても、ボタン入力後のラグが全くない。快適な動きは、こういった反射神経に頼るゲームでは物を云う。反則的な動きをする逆さ女の襲撃を、マサキが楽に躱せているのもそのお陰だ。
「伊達にグランゾンの開発はしていませんからね」
「恐ろしいことを云うなよ。お前、何をこのゲームのプログラムに仕込みやがった」
「話してもいいですが、あなたには理解が難しいかと」
「じゃあ聞かねえ」
 最初の躓きが嘘のように、サクサク進むゲーム。シュウと話す余裕も充分にある。
 マサキは順調に最上階のフロアを進んで行った。程なくして、下に続く階段が見えてきた。マサキは階段を塞ぐように立っている口裂け女を誘導して道を作ると、ここから先が問題だよなあ。そう呟きながら階段を下りた。
 ゲームのセオリーで云うのであれば、最初のフロアはチュートリアルのようなものだ。操作やシステムを覚える為のフロア。普通のゲームであれば、ここから徐々に難易度が上がってゆく筈である。
「ここからは少し難易度が上がりますよ」
「だろうな」
 案の定と云うべきか。階段はワンフロア分しか下りられないようになっていた。
 簡単に出口に向かえない作りになっているのはご愛敬だ。机やロッカーといった障害物でバリケードが作られている下り階段に、次はこのフロアの攻略か。マサキはコントローラーを握り直して、新たに到達したフロアに出た。
 と、通路の奥に陽炎のようにゆらゆらと揺らめいている白く細長い影が映った。
 同時に、ザシュ。といった攻撃音とともにHPが減る。
 ザシュ、ザシュ。一定の間隔を開けて減るHPにマサキは目を凝らした。攻撃を受けている音はするものの、攻撃らしいエフェクトは生じていない。だのにHPは確実に減っていっている。どういうことだ? 疑問に思いながらも、考える時間を稼ぐべく階段に逃げ込む。
「くねくねです」
「くねくね……って、あれか。見ちゃ駄目なヤツか?」
「そうですよ。視点を逸らして進めばダメージは受けませんが、他の怨霊も普通に出現しますので」
「逆さ女も」
「ええ」
 これは気合いが必要そうだ。マサキはソファに座り直した。
 視点を下に向けて、少し先の足元を視界に入れる。その状態で周囲を見渡しながら先に進む。途中で教室を探索するが、強力そうな武器は出てこない。うーん。マサキは怨霊から逃げ回りながら、どうにかくねくねの近くまで進むことに成功した。
「ところで、マサキ」
「何だよ」
「そろそろ出現すると思うので云っておきますが、怨霊の中には二十倍速青鬼と同じくらいのスピードで移動するものが」
 シュウの言葉が終わるよりも早く、視界が真っ青に染まった。
 音も気配もへったくれもない。逆さ女と同じだ。突然襲い掛かったホラー演出に、マサキは反応しようとするも何かを考える暇もなく。直後にはバキボキグシャア! と骨と肉が砕け散る音が耳に響き渡ってくる。
「死んだあああああ!? 何が起こったかわからねえまま視界が真っ青になって死んだあああああ!? しかも叫んじまったあああああ!? リスポーンと同時にまた死んだあああああ!?」
 反射的にyesを選択してしまったが故の受難。立て続けのゲームオーバーを経験することとなったマサキは、咄嗟にゴーグルを投げ捨ててシュウを見た。絶対にこれをやりたかったに違いない。視線の先にはカメラをマサキに向けた状態で肩を震わせて笑っているシュウがいる。
「おーまーえー! そういうことは先に云えっていっただろ! あと、笑ってるんじゃねえ!」
「そうは云われましても、私の想定した罠の全てに見事に引っ掛かってしまわれては……」
「ああムカつく! すっげぇムカつく! 絶対にクリアしてやる!」
 ただで済むとは思ってはいなかったが、シュウの思惑通りに連鎖死したのは素直に面白くない。これは何が何でもクリアしてみせなければ。肩を震わせ続けているシュウを目の前に、マサキはひたすら渋面を作りながらも、もう一度最初からゲームをプレイすべくゴーグルを被り直した。
「てか、本当にクリア出来るんだろうな? 二十倍速って数字、異常だろ」
 yesを選択し、力任せにボタンを押し込む。始まりの教室に戻ってきたマサキは武器の回収を進めつつシュウに尋ねた。
「出来ますよ。このゲームは覚えゲーですからね」
 平然と云ってのけるシュウは流石の制作者である。彼のきちんと攻略の道筋を作っていると思しき発言にマサキは安堵した。
「死んで覚えろってアレか。じゃあ、怨霊には出現パターンがあるんだな?」
「ありますよ。二十倍速青鬼にもちゃんとパターンがあります」
「なら死ぬかあ」マサキは教室のドアの前に立った。
 これが覚えゲーということは、恐らく武器にはあまり意味がない。基本は怨霊を回避して、どうにもならない場面でだけ使用するものになるのだろう。でもないよりはマシってな。武器の装備を終えたマサキは三度教室のドアを開いた。

※ ※ ※

 そこからのマサキは実に良く死んだ。

「死んだああああああ? トイレで赤と青の選択を迫られて死んだあああああ! お前これ絶対、どっち選んでも死ぬヤツだろ!」
「良くご存じで」

 緊急退避で飛び込んだトイレで水責めに合い窒息死。

「あああああ! 無理だろこいつ! 早過ぎんだよ! 視界に入るより先に捕まるってどういうことだよ!」
「出さないように動くのですよ」
「どうやって!?」

 二十倍速青鬼並みのスピードで迫ってくるが故に、出現と同時に吸い込みを発動させる怨霊に潰されて圧迫死。

「教室は安地だって云ってただろうがあああああ! 何で中から大量の手が出てくるんだよ!」
「宝箱と見せかけたミミックはお約束なので」

 安全地帯の筈の教室で、ロッカーを探索した瞬間に無数の手に引っ張られて惨殺死。

「廊下に落ちてるスマホを拾ったらメリーさんから電話がかかってくるとかアリかあああああ! しかも後ろにいるところからスタートかよ!」
「そういう都市伝説ですので」

 廊下にアイテムが落ちているなんて珍しいと思いながら拾ってみた結果、メリーさんに背後から刺されて失血死。

「巫山戯ろおおおおおお! 牛歩じゃねえか! 少しずつしか前に進めるようにならねええええ!」

 ストレスが臨界点に達したマサキは、ゲームオーバー画面を見ながら絶叫した。

※ ※ ※

「仕方ありませんね。ひとつ教えて差し上げましょう。百回死ねばデバフがかかります」
「このゲームにデバフ要らねえだろ! 大抵一撃死じゃねえか!」
 死に続けること三十回。マサキの進み具合を見てから白々しく云ってのける辺り、確信犯である。絶叫したマサキは三十一回目のゲームオーバー画面に、コントローラーを置いた。
 プレイ時間は六時間を超えてしまっている。
 何せコンピューターゲームから遠ざかること数年。しかも自然豊かなラ・ギアスに生きているのだ。くるくると移り変わる視界を見詰めているだけでも、目へのダメージは相当なもの。本当によー……。マサキはゴーグルを外して目をマッサージした。
 流石に操作ミスで死ぬことはなかったが、それ以外のトラップが激悪だ。声を上げれば死ぬ。吸い込みで死ぬ。都市伝説で死ぬ。作り手の性格を大いに反映したゲームは一筋縄ではいかなかったが、だがその代わりにバラエティ豊かな死にパターンをマサキに見せてくれた。それが大きかったのかも知れない。当初の嫌な予感が当たった形になったマサキではあったが、ゲームをつまらないとは感じてはいなかった。
「どうしますか、マサキ。動画の素材は充分に集まりましたよ。疲れているようですし、この辺りでプレイを止めても結構ですよ」
「いやだ」
「これだけの目に合ってもまだ続けると」
「一階に続く階段まで来たんだ。絶対クリアしてやる」
 覚えゲーと制作者たるシュウが云っただけはある。replayを選択した回数分、到達地点が先に伸び、気付けば出口まであと少しという場所にまでマサキは辿り着いていた。
「てかお前、やっぱりクリアさせる気がなかったんだろ?」
「ありますよ。ただ、あなたが途中のトラップに全て引っ掛かるとは思っていなかったので……」
 そっと視線を逸らすシュウに、悪かったな。マサキは憮然と吐き捨てて、ゴーグルを嵌め直した。
 流石に三十二回目のプレイともなれば手慣れたものだ。教室を出てから一直線。右に左に怨霊を誘導しながら、開けた空間を駆け抜けてゆく。
 幸いなことに、このゲームにはスタミナという概念がないようだ。あまり全力疾走を続けるとHPが減り始めるが、一度足を止めれば減少は終わる。
 シュウ曰く、スタミナ管理をゲームの要素に組み込むと難易度が桁違いになるからなのだとか。
 確かに二十倍速青鬼モードの怨霊相手にスタミナ管理をするのは骨が折れる。出現したと同時にこちらの息の根を止める敵キャラだ。逆にスタミナが無意味と化す可能性もあった。
 そうしたゲームの仕様に助けられながら先をに進み、十分程度で一階に続く階段に辿り着いたマサキは、これで最後にしてやるとクリアへの意気込みも新たに階段を下りた。
「ここまで来るのには慣れたようですね」
「そりゃあ三十二回目のプレイだからな」
 その視線の先、廊下の中央に子どもが立っている。これまで出てきた如何にもオバケ的な敵キャラとは異なり、妙に生々しい。マサキは周囲を警戒しつつ、ゆっくりとその場に向かって行った。だが、他の怨霊が出現する気配も、子どもがマサキに迫ってくる気配もない。
「ずうっと逃げ回っているのも疲れると思ったので、ミニゲームを用意しました」
 シュウの言葉にマサキは盛大に眉を顰めた。
 三十二回目のプレイで初めて遭遇するミニゲーム。ゴール間近ということと併せても碌な予感がしない。
「難しかったら殴るぞ」
「簡単なミニゲームですよ。それが終わればゴールまでは直ぐです」
「本当かよ。お前の言葉は額面通りには受け取れねえ」
 マサキは子どもに接触した。やあ、待ってたよ。画面下にテキストが流れる。
 流石に子どもの声はグランゾンの戦闘記録にはなかったようだ。テキストだけで会話を進めてくる子どもに、マサキは今更ながらに背筋を凍らせた。
 これまでの効果音やボイスは、全てがグランゾンの戦闘記録から抽出されたもの。子どものボイスがないという現実に、その事実の恐ろしさを、ようやく思い知ったのだ。
「これ、本当にホラーゲームだったんだな」
「今まで何だと思ってプレイしていたんです?」
 きっと、マサキの知らないシュウ=シラカワは、相当にあくどいことにも手を染めてきたのだろう。
 そうは思うも、その疑問をシュウにぶつける根性はマサキにはない。どの道シュウも適当にはぐらかして終わりにするに違いない。ならば見て見ぬ振りをするだけだ。マサキはボイスなき子どもの会話テキストを読み進めた。
 旗振りをしろと云う。
 右手が赤、左手が白。子どもの掛け声に合わせて旗を振れたら、昇降口の鍵を開けてくれるのだそうだ。
「あー? そのぐらい訳ない……」
 赤上げて。テキストが画面の中央に表示される。
 マサキは右手を動かした。
 白上げないで赤下げない。
 テキストの表示時間には限りがあるようだ。画面の右隅に表れたタイマーが見る間に減ってゆく。成程。マサキはそのまま待機した。赤下げないで白上げて、赤下げる。どんどんタイマーの減る時間が早くなる。白上げないで赤上げないで白上げないで赤下げない。引っ掛けもあるようだ。一瞬判断が遅れたマサキは慌てて右手を上げようとするも、制限時間が切れる。
 みーつけた。
 虚ろな目をした子どもの顔が画面いっぱいに迫ってくる。直後、ゴキィ。と盛大に嫌な音が響き渡った。

※ ※ ※

 結局、マサキがゲームをクリアしたのはそこから更に一時間が経過してからだった。
 疲労困憊なマサキに「だから止めていいと云ったのに」と呆れた様子をみせながらも、食事の支度だの風呂の支度だのと甲斐甲斐しく動き回ってくれたシュウは、自分が作ったゲームをマサキが最後までプレイしてくれたことを喜んでいたようである。
「これでこのゲームを公開させられますよ」
「俺はデバッカーか!」
 ちなみに、見所をぎゅっと圧縮しても一時間になったというカップルチャンネル初めての長編動画は、色々な意味で視聴者たちを悦ばせたようだった。
 『こんなに高カロリーな絶叫聞いたことない』だの、『滅茶苦茶愛を感じるゲームだった』だのと、様々な感想が並ぶコメント欄。それを隅々まで眺めたマサキは、「ホント、視聴者こいつらの考えることはわからねえ」と首を傾げつつも、「次はもうちょっとほのぼのとしたゲームを作ってくれよ」と、今日も新しい動画のネタ探しに余念がないシュウにねだったのだった。

リクエスト「ホラゲ実況するマサキをください。佳境でほっぺつついたりちょっかいかけるシュウもいると嬉しいです。」