(2)
「絶対に嫌だ!」
男性用の香水のイメージキャラクターにマサキが選ばれたと耳にした仲間たちは、当然のことながら抱腹絶倒。女性陣は化粧品で馴染み深いメーカーだったらしく、笑いはしたものの、メーカーの知名度と人気の高さに、むしろマサキで大丈夫なのかと心配をしていたものだったが、ことヤンロンに至っては、日頃の厳めしい顔付きや難物を思わせる堅苦しい物言いはどこへやら。酸欠で倒れかねない勢いで笑い倒してくれたものだ。
――お前が……っ、香水の、イメージキャラクター……っ……
逆の立場ならば、マサキとて同じように反応したことだろう。実はヤンロンは案外笑い上戸なのかも知れないなどと思いつつも、そこまで笑われればマサキも意地になる。絶対に成功させてやる。マサキは内心でそう誓った。
魔装機操者たちの日常生活は慌ただしいリズムで過ぎてゆく。マサキとてそうは誓ったものの、騒々しい日常に追い立てられるように生活していれば、思い出すことも稀となる。それは他の魔装機の操者たちも同様だ。そういったマサキの滑稽な立場に対する彼らの興味も薄れ、マサキ自身も契約の事実をすっかり忘れてしまった頃、思い出したようにポスターとCMの撮影の日程が決まったと、セニアから連絡が入った。何でも商品の開発に思った以上に時間がかかり、それで撮影日がここまで遅れてしまったのだそうだ。
――それだけあなたがイメージキャラクターに決まったことが、彼らにとってはプレッシャーだったのよ。よかったわね、マサキ。そのぐらいには期待してもらえてて。
口の悪い女傑はそう云ってくれたものだったが、だからといってこんな扱いを受けるとは聞いていない。撮影日の当日になって、ポスターとCMのコンセプトとプランニングを聞かされたマサキは、迫り来るスタイリストたちから逃れるように控室の壁際に背中を付けて、彼らの説得に対して反抗を続けていた。
「諦めなさい、マサキ。あなたもうやるって決めたのでしょう。今更それをこの土壇場で翻すなんて、あなたらしくない」
「そーよ、そーよ。男に二言はないのよ、マサキ。ちゃっちゃとこの人たちに準備してもらって、ちゃっちゃと撮影を終えて楽になっちゃいなよ」
そう口々にマサキに云い聞かせるテュッティとミオの表情は、その内容に見合わないまでに愉しそうである。面白がっていやがる。魔装機神の女性陣ふたりのきらきらとした笑顔。ヤンロンに至っては床にうずくまって笑いを堪えている始末だ。
スタイリストたちが用意した衣装。
Vネックの黒いTシャツに、ストレートラインの黒いジーンズ。ここまではいい。問題はここにアクセサリーが加わることだ。シルバーのイヤーカフ。深紅のマグネットピアス。十字架の付いたチョーカー……一体、何処を目指しているのか不明だが、シルエットのタイトな黒い皮手袋まで嵌めさせられるらしい。俺を何だと思ってやがるんだ。壁際でマサキが続けて叫べば、にひひと笑ったミオが、
「そりゃあ香水のイメージキャラクターの安藤正樹っしょ」
と、当たり前過ぎることを云う。そんなことはマサキとてわかっているのだ。そう、そこで床に転がっているヤンロンの反応が癪に触って、絶対に成功させてやると思ったことも思い出した。それでも嫌なものは嫌に決まっている。いや、マサキはまだ、自分に不釣り合いなそれらのアイテムを身に付けたファッションをすること自体には抵抗はないのだ。ただ、それに付随した問題がひとつだけあって――。
「ほらもう諦めなって、マサキ。馬子にも衣裳でしょ。化粧すればマサキだって見栄えが良くなるかも知れないよ」
「そうよ。そのままのあなたでアクセサリーを身に付けても笑い話にしかならないでしょうけど、化粧をすれば、万が一の奇跡が起きるかも知れないじゃないの」
「お前らのその言葉が大丈夫じゃねえって云ってるんだよ!」
ついに我慢が限界を迎えたらしく、その瞬間、ヤンロンが腹を抱えて笑い出した。いやあ、まあ、お気持ちはわかるんですがね。メーカーの代表として立ち会う予定らしい。営業部長を名乗った男は、ヤンロンを横目にしみじみとそう呟いて、しかしマサキさん――と、言葉を続けた。
「既にこのプランニングで議決と予算を取っていますので、今更他のプランに変えるとなると違約金が」
「セーニーアーッ!」
マサキは絶叫した。あの傍迷惑な女傑は今日の撮影の内容を事前に知っていて、その上でマサキに内緒で勝手にGOサインを出し、更にそれを知ったマサキが逃げ出すに違いないと見込んで、敢えて伝えないことを選んだに違いないのだ。
「はいはい。今日ここにいない人への恨みは後で直接本人にぶつけなよ。ここでうじうじ云ったって、マサキの置かれている立場は変わらないんだからね! いきさつはどうであれ、やるって決めたのはマサキでしょ! だったらきっちりやってみせなよ!」
「そういうことよ、マサキ。彼らは商売でやっているのよ。つまり、その道のプロ。そうである以上、おかしなプランを立てたりもしないでしょう。何と云っても男性用香水なのよ。イメージが大事な商品のイメージキャラクターにあなたを起用した以上、ちゃんとしたイメージキャラクターにあなたを仕上げてくれるでしょう」
流石にそろそろ笑ってばかりもいられないと思ったようだ。やけに真面目な表情のふたりに、真面目に諭されてしまったマサキは、う。と、言葉を詰まらせた。大勢の人間が動いているプロジェクト。今更、マサキがひとりで反旗を翻してもどうにもならない。時間を引き延ばした分、ただ悪戯に彼らスタッフに迷惑をかけるだけ――わかったよ。やるよ。自分を取り囲んでいる様々な立場の人間の顔を見渡したマサキは、彼らの自分に対する期待に満ちた視線の数々に、溜息とともにそう吐き出していた。