イミテーション・ゴールド - 3/4

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 出来上がったポスター用のスチル写真を見たマサキは、正直な所、明日世界が滅亡すればいいのにと思ったりもしたのだが、覆水盆に返らず。やってしまったものは仕方がない。ええいもう好きにしやがれと、その衣装のまま続くCMの撮影に臨み、あれこれディレクターの指示を受けながら、恐ろしいことにラングランの城下を動き回ること数時間。終わると同時に速攻で化粧を落とし衣装を脱ぎ、メーカーの代表の営業部長から「いやあ、いい絵が撮れましたよ。有難うございます」などと労いの言葉をかけられつつも、そんなものは何の慰めにもならなかった。
 ただの化粧ではなかったのだ。ファンデやアイシャドーを塗り、紅い口紅を引き、チークをはたく。若者の間の一部で流行っているらしい。「最近は男性も化粧を必要とする人が増えたんですよ」とは件の営業部長の言葉だ。しかし、如何に流行のファッションとはいえ、出来上がった自分の顔を見たマサキは、その余りの性別不詳ぶりに口をぱくつかせずにはいられなく。男らしさとはと何かと自身の男性性について、撮影の間中、考えを巡らせ続けたものだ。
「広告展開を楽しみにしていてください。今回は社運を賭けて大々的に展開する予定ですので。CMもいつも以上に流しますし、街の一角をジャックしてキャンペーンを打つつもりでもいます。きっとマサキさんも頻繁にご自身の姿を目にする機会に恵まれると思いますよ」
「見たくねえ……」
 何を好き好んで化粧で大いに化けた男性性を失った自身の姿を見なければならないのか。これではむしろ、リベラルやノンポリの取り込みどころか、魔装機そのものへの印象を下げかねない。セニアには文句と説教だ。マサキはスタッフへの挨拶もそこそこに彼らと別れ、笑い過ぎて酸欠を起こしているヤンロンや、腹痛を起こしているミオ。そして「でも、案外似合ってたわよ」と云いながら含み笑いを洩らしているテュッティたちとも別れ、セニアにこのやるせなさと怒りをぶつけるべく、ひとり情報局へ向かった。とはいえ、情報局を掌握しきっている女傑のしたことである。既に諜報員よりマサキの撮影の様子は動画や映像として届けられていたようであり、マサキが執務室に到着した時にはそれらを眺めながら大爆笑の真っ最中。
「思ったよりは違和感なくて吃驚びっくりよ。マサキ、この方面で売り出してもいけるんじゃないかしら」
「どの方面だよ。俺は二度と御免だぞ。厚い化粧をして撮影に臨むなんて、馬鹿げたこと……」
 ところがこの「馬鹿げたこと」がとてつもない評判を呼んでしまったのである。
 きっとマサキたちが思っていたより、マサキは化粧映えをする顔立ちをしていたのだ。風の魔装機神の操者にして伝説の剣聖ランドールの名を受け継いだラングランの英雄が生み出した新しい男性像は、流行に敏感な一部の若者は元より、一般の民衆にも広く訴求効果を及ぼした。どのくらいの訴求効果であったかというと、香水の発売日にはあちこちの取り扱い店で長蛇の列が出来たほどである。当然ながら初回生産分は即日完売。増産に次ぐ増産で、この業界では異例の大ヒット商品となった。
 ユニセックスな香り。香水のそのコンセプトも民衆に受け入れられたようだ。彼らはブームに乗って買って終わりにするようなことはなかった。マサキ=アンドーをイメージキャラクターに据え、意外性の高い広告コンセプトを打ち出した男性用香水は、街を往けばどこからでもその香りがしてくるといったまでに、民衆を虜にしてしまった。
 ゼオルートの館にはマスコミが詰めかけ、マサキのコメントを取れないかと必死な様子だった。皆、あなたが思ったより親しみ易そうなキャラクターに見えているのよ。セニアは館から出られずにいるマサキにホログラフ通信機でそう云ってくれたものだが、マサキとしてはやはりやるせなさが勝る。結局、情報局から派遣された局員がマスコミの対応をすることとなったのが、そういった対応に慣れている彼らであっても、全てのマスコミをゼオルートの館から撤退させるには二週間の時間を要した。
「あら、マサキちゃん。見たわよ、例のCM。男前だと思ってたけど、本当にいい男っぷりだったわ。うちの主人にも買わせたわよ、あの香水」
「旦那が気の毒過ぎるだろ……あんたの旦那、もう70近くなかったか」
「それが気に入ったみたいで毎日香水を付けて歩いてるわよ。また機会があったらああいうのやってちょうだい。あたしも娘も楽しみにしてるから」
「絶対にやらねえ!」
 ようやくひとりで身軽に外を出歩けるようになったマサキは、周囲の好機や憧れの視線に晒されながら、城下に生活に必要な雑貨や食料品の買い出しに出た。それが、これだ。馴染みの八百屋の女将でさえも、封印したい記憶を掘り返してくる。次は絶対に他の連中にやらせてやる。消費量が多い野菜や必要のないような野菜まで、あれもこれもとおまけを山ほど持たされたマサキは、街の片隅で抱えきれない量となった荷物に途方に暮れていた。