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そしてついに創業始まって以来の売り上げを記録したらしい香水に、販売会社はキャンペーンに関わったマサキ以下タレントたちの慰労を兼ねた謝恩パーティを開催することにしたそうだ。そうだ、というのは相変わらずマサキは蚊帳の外に置かれたままだったからだ。会社側はセニアを通した方が話がスムーズに進むと気付いているようで、パーティの話もマサキをではなく情報局に招待状とともに届けられたのだという。
セニアから話を聞いたマサキは、当然ながらそんな堅苦しくて面倒な場に出ることは嫌だと駄々を捏ねたものだが、それで引くような女でないことは、これまでの経緯からしても明らかだった。
マサキはとにかく押しに弱いのだ。頼み込まれたり、強く出られたりするのにも弱い。しかも女性が相手だと更に弱くなるときている。女性は守るもの。心の何処かでそう思ってしまっているからだろう。リューネや魔装機の面々といった守る必要のない女性たち相手であっても云うことを聞いてしまう。
しかし、厄介事を押し付けられたり、貧乏くじを引かされたりすることに慣れているマサキであっても、それは日常生活の延長線上にあるもの。イメージキャラクターといった企業が絡む案件には馴染みがない。それを販促キャンペーンの類は別のタレントが担当するからという話だったからこそ受けたのだ。撮影の間だけ辛抱すればいい。堅苦しい世界が苦手なマサキとしては、企業との関係は最低限で済ませたかった。いくら押せ押せで迫られようとも、それなりの振る舞いを求められるパーティなどといった場は遠慮したいのが本音だ。
「大体、ヒット御礼パーティっつーなら、会社の内部の人間でやれよ。香水の売り上げに一番貢献したのは、現場で働いている会社の人間たちだろうよ」
「だからじゃないの。会社の人間も来るわよ。でも一番売り上げに貢献したのはあなたでしょ。あなたがイメージキャラクターを務めなかったら、ここまであの香水が売れたかどうか」
だというのに、この返しである。嫌だと云えば、大丈夫よと云われる。何が大丈夫なのかと聞けば、あなたは口下手だって伝えてあるからと云われる。だから話さなくても大丈夫よ。美味しいものを沢山食べて来なさいな。気付けばそうセニアに押し切られてパーティに出席することになってしまっていたマサキは、「そんな場に出て笑いを堪えきれる自信がない」と、思い出し笑いを繰り返しながら断ってきたヤンロンを置いてけぼりにして、パーティの当日。テュッティとミオを供に、城下にあるパーティ会場である一流ホテルのホールに足を踏み入れた。
「本日は我が社の謝恩パーティにお集まりいただき……」
立食形式のパーティらしい。足を棒にさせる長ったらしい挨拶を半分以上右から左と聞き流して、社長らしき人物の音頭に合わせて乾杯を済ませたマサキは、だったらたらふく食ってやるとテーブルを飾っている種類様々な料理を皿に盛り始めた。
そして、あれが美味しいだのこれが美味しいだのと囁き合いながら、見た目ばかりはしとやかに。少しずつ料理を口に運んでいるテュッティとミオを尻目に、次から次へと料理を口に詰め込んだ。元は取ってやる。恥の代償としては些か少額にも思えるイメージキャラクター料を思い返しながら、テーブルの上の料理に手を伸ばしては口へ。繰り返していれば、例の営業部長がマサキの許へと近付いて来た。
「これはこれはマサキ様。本日はこのような場所にまで足をお運び頂き有難うございます」
「出来れば来たくはなかったけどな」
「まあまあ。口下手で人見知りが激しいと伺っておりますので、うちの者が失礼を働くようなことはございません。どうぞ最後までごゆっくりとお食事をお楽しみいただいて――と、既に随分お召し上がりになっているご様子」
「他に楽しみもねえしな。ひたすら食って帰ってやるさ」
でしたら、と営業部長は揉み手をしながら続けた。何でも今回の香水キャンペーンのイメージキャラクターにマサキを推薦したのは会社の筆頭株主なのだそうだ。経営には興味がないらしく、普段は全く会社のことに口を挟んでくることはないようだが、偶に発される助言の数々はどれも的を射ているものばかりで、会社の経営陣からは非常に頼りにされている存在だという。
その筆頭株主がマサキに礼を伝えたいとホテルのラウンジに来ているのだという。非常に控えめな人物で、こういったパーティのような賑やかな場は苦手なのだそうだ。だからマサキに足を運んで欲しいと、そういう話であるらしい。
そういった人物であればあれこれ詮索されたり、口喧しく今回の件について感想を述べられたりもしないだろう。そう考えたマサキはパーティの空気に飽きていたこともあって、株主と会うことを了承した。
では、早速。営業部長に促されたマサキは、テュッティとミオを置いて会場を出て、エレベーターに乗り、最上階にあるラウンジへ向かった。薄暗い店内。窓にはスモークシートを張っているようだ。明るくも賑やかな筈の城下の景色が、シートの向こう側に薄闇のように映っている。
そろそろ夕刻とはいえ、酒類を扱うラウンジが賑わうにはまだ早い頃合いだとみえて、客席は閑散としている。営業部長に続いてラウンジの奥にあるボックス席に向かう。仄かな明かりが灯っているだけのテーブル。そこに座っている株主の後姿を目にした瞬間に、マサキの口から悲鳴が衝いて出そうになった。
見知った後姿。確実に。
それでは私はここで。と、営業部長がどんな気を遣ってか、ラウンジから出てゆく。お、前――。マサキは言葉を失った。云いたいことは山ほどあれど、何からどう伝えればいいかわからない。後姿だけで誰かわかってしまった相手が、シートからゆっくりと立ち上がる。それをこれ以上となく絶望的な気持ちで、マサキは凝視めていた。
――ご無沙汰ですね、マサキ。
そう、それは紛れもないシュウ=シラカワの声。何を思ってのことだったのかは判然としないが、シュウは傍迷惑にも自らが筆頭株主を務める会社を使って、マサキに男性用香水のイメージキャラクターというとんでもない仕事を回してきたのだ。
「お前があの会社の筆頭株主だってことには今更突っ込まねえ。だけどな、シュウ。俺をイメージキャラクターに推薦したってのはどういうことだ。お陰でこっちは物凄い迷惑を被って」
見たかったからですよ。シュウはさらりとそう云ってのけると、マサキにボックス席に座るように促した。あなたが若者の間で流行っているファッションアイコン的な格好をしたらどうなるのか。向かいのシートにマサキが腰を下ろすのを待っていたかのように自らもまたシートに身体を戻したシュウは、微笑いながらそう言葉を紡いだ。
「見たかった? あんな姿を? それだけで会社をひとつ動かしたのかよ」
「あんな姿、とは心外ですね。実に良く似合っていたというのに。あなたのあの姿を記録に残しておけるのなら、あのぐらいは安い投資でしたよ、マサキ。あなたに直接頼んだところで、私の為にああいった格好はしてはくれないでしょうしね。お陰で会社の株価も上がりましたし、私にとってはいいこと尽くめです」
ぐ、とマサキは言葉を詰まらせた。どうやらシュウはマサキのあの黒歴史としか呼びようのない姿を見たいが為に、マサキを男性用香水のイメージキャラクターに推薦したらしい。たったそれだけの欲の為に、ひとつの企業までもを動かしてみせるとは。これで二の句が続くほど、マサキの精神は頑健に出来てはいない。
はあ、と深い溜息をひとつ洩らしたマサキに、何を飲みますか。云ってシュウがメニューを差し出してくる。謝る気もなければ悪びれもしないのが実にシュウらしい。本当にこいつは――。マサキは自分の欲を満たす為なら、金や手間のみならず、他人の時間をも費やしてみせる男のすました表情を目の前に、がっくりと頭を垂れた。
<了>