あなたなんて大嫌い

「暑いのですわ、マサキ」
 街角で顔を合わせるなりそう言葉を吐いたモニカは、次にはマサキの服の袖を引くと、何処を目指しているのかをひと言も口にすることなく歩き始めた。待てよ、とマサキが止めてみても云うことを聞く気配がない。ほら、行きましょう。しっとりを肌を濡らしている汗もそのままに、てくてく、てくてく。モニカは街の中心部から少し離れた所にある公園へと、マサキを連れ歩きながら入って行った。
 噴水が高く水を吐く広場の脇に、ピンク色のキッチンカーが停まっている。あそこですわ。迷わず一直線にキッチンカーに向かっていくモニカに袖を引かれながら歩いていたマサキは、果たして何を扱っているキッチンカーなのかと、モニカが足を止めたところで、若い男女がまばらに群れをなしている人垣の外側からキッチンを覗き込んでみた。
 どうやらソフトクリームを売っているようだ。
 凍らせたフルーツやアーモンド、チョコスプレー、アラザンといったトッピングでカラフルに彩られたソフトクリーム。客の殆どはマサキたちと同年代なようだ。カップにたんまりと盛られたソフトクリームを、食べるより先に携帯電話のカメラで写真に収めている。彼らの実に若者らしい振る舞いに、自分もまたそういった年頃でありながら、若い奴らはこういうの好きだよな。マサキは思わずそう口にしていた。
「マサキも充分に若いのですわ。ですから、奢ってください」
「はあ? お前、前後の文脈に繋がりがない上に、俺を財布扱いしようっていうのか」
「このキッチンカーはガイドに載るくらいに有名なのです。そこに連れて来て差し上げたのですわ。どうせマサキのことですもの。気の利いたデートスポットなんて知らないのでしょう。ですからこれは情報料、なのですわ」
「お前なあ、俺が誰とこんな可愛らしいもんを食うっていうんだよ」
 リューネやウエンディといった女性陣が喜びそうではあったが、彼女らの流行り物に対するアンテナは、鈍感なマサキなど比べ物にならないくらいに発達している。流行の服、流行のスポット、流行のアクティビティ……ふたりで連れ立って方々を巡っているらしいリューネとウエンディ。いざ連れて来たところで、彼女らはとうに知っていたと云うことだろう。
 知っている店に連れて来られたからといって、彼女らがマサキへの感謝の気持ちを失うことなどないのはわかってはいるものの、どうせならちゃんと驚いてくれる相手を連れてきたいものだ。だったらプレシアか。そこまで流行に敏感ではない上に、可愛いもの好きな義妹であれば、きっと飛び上がらんばかりに喜んでくれるに違いない。その様子を想像して、微笑ましさにマサキが口を緩めた瞬間だった。
「シュウ様とでもいらっしゃればいかが?」
 過分に嫌味が込められたモニカの言葉に、何でだよ。その光景を想像したマサキは、あまりの恐ろしさに顔を歪めるしかなかった。いい歳をした成人男性と、外見だけでも流行り物に疎いとわかる若者。そのふたりで連れ立ってピンクのキッチンカーで売っているカラフルにトッピングされたソフトクリームを食べる。罰ゲームでしかねえな。マサキは顔を歪めたまま呟いた。
「そうでしょうか。案外、シュウ様は喜んでくださるかも知れませんわ」
「そう思うなら、お前が連れて来てやれよ」
「出来るならとっくにそうしてます」
 ぷくりと頬を膨らませたモニカは、マサキの袖を引いてキッチンカーの最前列に抜け出ると、「バニラをふたつ。フルーツを多めでお願いします!」勝手にそう注文を済ませてマサキを振り返った。
 仕方ねえな。マサキはジーンズのポケットから財布を取り出した。
 ふんだんにトッピングを盛っているからこそ、それなりの値段がするかと思いきや、予想していたよりは二割ほど安い代金。得をしたような気分になってしまっている自分がやるせない。それでもマサキは文句を云うことなく代金を支払うと、さっさとカップを受け取っているモニカに続いてベンチに向かった。
「そういやこの間、シャーベットが食いたくなってさ」
「シャーベットもいいですわね。これだけ暑いと、幾らでも氷菓が食べられそう」
「人の話を聞けよ、お前。俺は財布でしかねえのかよ」
「まさか。ひとりで食べても楽しくないから、連れて来たのではありませんか」
 モニカはベンチに腰掛けるなり、カップに刺さっているスプーンを抜いて、先ずはひと口。生き返りましたわ。そう口にすると、そこからまたひと口、もうひと口と余程暑さが堪えているのか。無言で食べ進め始めた。
 マサキもスプーンを手に取った。凍った果肉が乗っている部分のソフトクリームを(すく)う。こってりとした甘さのソフトクリームにほど良い酸味。これは美味いな。マサキが云うと、でしょう? とモニカは無邪気に笑ってみせた。
「ところで先程のシャーベットの話ですけれども」
「何だ、聞く気になったのか」
「聞かずに済ませるのは収まりが悪いのです」
 大した話でもないけどな、とマサキはモニカに話して聞かせた。その日、どうしてもシャーベットが食べたかったマサキは、適当な店で見繕ったシャーベットのセットを手土産に、会う約束をしていたシュウの許に向かった。
 16個入りのシャーベット。オレンジとストロベリー、グレープにレモン。オレンジを選んだマサキに、グレープを選んだシュウ。それぞれ食べきった所で、シュウが今更に口にしたところによると、実は冷蔵庫の中に同じシャーベットのセットがあるのだとか。この暑さの中、わざわざ足を運んで来る客人たるマサキをもてなすのに、何がいいだろうかと考えて買っておいたのだそうだ。
「それで、わたくしたちにシャーベットのお裾分けがあったのですね」
 最後まで話しきるより先に、モニカは何かを納得したようだった。
 だぶついたシャーベットをどうするつもりなのかとシュウに尋ねると、サフィーネたちに配ることにするとのことだった。マサキが16個入りのシャーベットのセットを買ったのも、彼女らにもと思ってのことだったのだから、渡りに船。だったら俺の買ってきた分もと、マサキはシュウに存分に云い含めておいたのが。
「何個貰ったんだよ」
「5個ですわね」
「少な過ぎないか」
「存じませんわ」
 マサキが持ってきた16個のシャーベットと、シュウが買っておいた16個のシャーベット。32個から食べた分の2個を引いて4人で割る。簡単な計算だ。30÷4=7……余り2。ひとりあたり7個はないとおかしい筈である。
「残りはシュウ様が食べるおつもりなのでしょう」
 何故か怒っているモニカに、そんなにシャーベットが食べたかったのかとマサキが尋ねれば、彼女は露骨に顔を(しか)めてみせた。
「そんなの答えはわかりきっているじゃありませんか」
「何だよ、何でお前そんなに怒って」
「マサキが持ってきた分は手元に残しておきたかったのです、シュウ様は」
 そう云い捨てると、ぱくり。暑さであっという間に溶けかかっているソフトクリームを、口唇を尖らせながらまたひと口。大量に口に含んだモニカは、それを咀嚼し終えると、あなたなんて大嫌いなのです。拗ねた目でマサキを見上げながら呟く。
「お前、そんなにシャーベットが欲しかったのか」
 本来配られるより量の少なかったシャーベットに怒っているのだと思い込んだマサキがそう口にすると同時に、本当に大嫌い。モニカはそう云って、残ったソフトクリームを片付けるつもりなのだろう。スプーンを忙しなく口に運び始めた。