あのころ

 灰色のコンクリートビルが立ち並ぶ谷間に走る街路樹。イルミネーションが瞬き、クリスマスソングが深まる冬を告げる街角で、所要があって地上に出たシュウはとあるデパートの入り口に置かれているクリスマスツリーを眺めていた。
 ボールにスター、プレゼントボックスにキャンディケーン……カラフルなオーナメントに混ざって手書きの短冊が飾られている。それが気になったのだ。
 シュウは短冊のひとつに目を落とした。子どもが書いたと思しき不揃いな文字。かわいいきせかえにんぎょうがほしいです。どうやらクリスマスに欲しいものを願っているようだ――シュウはツリーの根元に立てかけられている看板を読んだ。そこから察するに、この短冊は家庭の事情でクリスマスプレゼントが望めない子どもたちが書いたらしい。
 ――あなたも誰かのサンタクロースに!
 この短冊をデパートのカウンターに持っていき、代金を支払うことで、短冊を書いた子どもにプレゼントが届く仕組みとなっているようだ。クリスマス商戦の一環としては粋なことをする。シュウは他の短冊も見てみることにした。
 傍には老夫婦。幾つかの短冊を手に、喜んでくれるといいわ。などと囁き合っている。シュウは彼らのまるで子どもに戻ったかのように弾む声を聞きながら、短冊をつぶさに見て回った。そしてふと一枚の短冊に目を留めた。
 ――科学キットがほしいです。
 ミニカー、変身セット、組み立て式ブロックと子どもが好みそうな玩具ばかりが書かれている中で、異彩を放っている。
 シュウはその短冊に手を伸ばした。
 そして自らの幼少期を思い出した。

 虫眼鏡で紙や葉っぱを燃やし過ぎて怒られたあの日。
 リトマス紙の色が変わるのを見ているだけで楽しかったあの日。
 顕微鏡の奥で動き回る細胞を美しいものだと感じていたあの日。

 あの頃の純粋さはシュウからはとうに失われてしまっていたが、だからといってそれらの体験が無駄だったなどということはなかった。今のシュウは更に上がった知識のステージで、科学者として戦いを続けている。真理の探究。一朝一夕では終わらぬ研究を根気よく続けていられるのは、あの輝ける日々の思い出があったからこそだ。
「あなたも誰かのサンタクロースに……ですね」
 シュウは短冊を取った。ひとつ、ふたつ、みっつ……類いまれない才能でひとかどの地位を築いたシュウは、ここにある短冊に書かれた願いを全て叶えるぐらいの財をとうに成している。この子らに、末永い祝福を。手に掴んだ短冊の重みを快いものと感じながら、そうしてシュウはデパートの中へと足を踏み入れていった。