今しがた購入したばかりのスープ。湯気立つカップを片手に店を出たシュウは、路上にパラソルを開いているテーブルのひとつに腰を下ろした。
穏やかに降り注ぐ陽光が辺りを照らし出している。今日のラングランも好天だ。柔らかく頬を撫でる涼やかな風を心地良く感じながら、シュウはゆったりとカップを傾けていった。
大通りを行き交う老若男女の群れ。よそ行きのドレスに身を包んだ女性もいれば、荷車を引いて市場に向かう老人もいる。そういった人々が波を作る隙間を、風船を片手に駆け抜けてゆく子どもたち。王都とはそういった場所だ。老いも若きも、富める者も貧する者も、皆一様に輝ける明日を信じている。
「何を飲んでるんだよ」
カップを片手に通りを眺めること暫し。いつの間にやら背後に迫っていたようだ。ひょいと手元を覗き込んできた緑色の影が、珍しいものを目にしたような声で尋ねてくる。
「ポタージュですよ、マサキ」
シュウはカップの底に残っていたポタージュを飲み干した。
自らの動揺を気取られぬように声を抑えて返事をしたシュウに、へえ。と、何に感心したのだろうか。マサキはテーブルを回り込んでくると、シュウの正面に陣取った。
「お前が紅茶以外の飲み物を口にしているところを初めて見るな」
「私とて人間ですよ、マサキ」
隠そうにも隠し切れない彼のプラーナが近付いているのには気付いていた。だが、取り立てて用事がある訳でもないシュウは、不自然に感じられることを怖れて彼を振り返れずにいた。きっと彼はそのまま自分に気付くことなく通り過ぎてゆくのだろう。微かな期待を抱きながらも、それを上回る諦観の念。知り合ってかなりの歳月が経っても、彼とシュウの距離は縮まる様子がない。
だから、シュウは驚いたのだ。
努めて冷静であろうとしても、鼓動は正直にシュウの感情を物語っている。ただの好意ではない何か。胸に溜まった想いを押し流す勢いで脈打つ心臓に、それがカップを掴んでいる指を震わせはしまいかと、シュウとしては気になって仕方がない。
「そうは云ってもな。お前が食事してる姿すら、俺は数えるほどしか目にしてねえしな……」
「丁度、空腹を覚えたところだったのですよ。ですから昼食を済ませようと思いましてね」
「それが昼食だと?」
瞬間、何故かマサキの眉が盛大に吊り上がる。
不服がありありと窺える口振り。何がそこまでマサキをいきり立たせているのか理解出来ないシュウは、けれども話をややこしくするのは本意ではないと、彼を納得させるべく言葉を継いだ。
「朝にサラダを食べていますからね」
はあ? と、マサキが鋭い声を飛ばしてくる。
どうやら、マサキはシュウの食生活を知らないからか。食が細いように感じられているようだ。
「朝から葉っぱって、鳥の餌じゃねえか……」
そのまま、白目で筋を引くようにして睨み付けてくるマサキに、シュウは面倒臭さを感じながらも、これもコミュニケーションの助けたればと口を開く。
「サラダといっても、鶏肉とゆで卵を添えてタンパク質を摂取出来るようにしていますよ」
「そういう問題じゃねえだろ。ちゃんと食えよ」
「ですからこうして」シュウは空となったカップを掲げてみせた。「食べているというのに」
「本当に、てめぇはああ云えばこう云う……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたマサキが、シュウの手からカップを取り上げた。
「行くぞ」
「何処に」
席を立ちあがったマサキが苦々しげにゴミ箱にカップを放り込む。そうして、何が起こっているか把握出来ずに座したままでいるしかないシュウを振り返ると、「メシを食いに行くに決まってるだろ」
「しかし、マサキ。私はあれで充」
「お前、俺の奢りを遠慮するってか」
まるでシュウの感情を見抜いているかのように押し迫ってくるマサキに、仕方ありませんね。シュウは席から腰を浮かせた。恩着せがましいにも限度ある。そう思いながら――。
だが、それは決して厭わしくはない。
足早に人混みの中へと入り込んでゆくマサキに続いて大通りに出たシュウは、思いがけない僥倖に口元を緩ませた。