やられたらやりかえせ

 仕返しがしたい。ベッドで寝そべっていたマサキがそう口にした瞬間、誰にニャ? と足元で丸くなっていた二匹の使い魔が顔を上げた。
 部屋で寛いでいる最中にしては物騒な台詞に驚いたようだ。目を丸くしてマサキを見詰めている二匹の使い魔に、「あの野郎に決まってるだろ。他に誰がいるかよ」マサキは身体を起こす。
「シュウのことかニャ?」
「この間、言い負かされたのをまだ根に持ってるのね」
「そりゃ根にも持つだろ。今に始まったことじゃなし」
 ベッドの上で胡坐を掻き、宙を睨む。
 ひとこと云えば倍の理屈で捻じ伏せてくるあの男、シュウ=シラカワ。どうも彼にとって、マサキの理屈は隙が多く感じられるものであるようだ。思いもよらない方面から反論を唱えられては、完膚なきまでに遣り込められてばかり。
 いけ好かないこと他ない。
 シュウ自身もマサキを好ましくは感じていないのだろう。でなければああもマサキの意見に自分の意見をぶつけてくるような真似もしまい。だのに、マサキの仲間たちと来た日には、絆で結ばれているだの何だのと云いたい放題。
 冗談じゃねえ。マサキは激しく首を振った。
「でも仕返しってニャにをするんだニャ?」
「口じゃ負けるのは確実ニャのよ」
「だからそれを今考えてるところだ」
「剣でぼっこぼこにするのはどうニャ」
「いくらシュウでもマサキに剣で勝てるとは思わニャいのよ」
「だからって剣はないだろ」
 確かに彼にマサキが勝てるのは剣技の腕くらいだが、口論に負けたぐらいで剣を持ち出すなど、子どもの喧嘩にも限度がある。
 何より筋が通らない。口でやられたのなら、口でやり返すべきだ。しかし、どうやって――。マサキは宙を睨んだまま固まった。考えることに不向きな脳が悲鳴を上げている。
 元々の知識に差がある以上、理屈では絶対に勝てない。さりとて、屁理屈で押し通そうにも、彼の弁舌はその程度の暴論などものともしない。むしろ喜々として屁理屈をぶつけ返してくるに決まっている。何せあの男は黙ることを知らないお喋りな使い魔の主人なのだ。
「何かいい方法ねえかな」
「無理ニャ」
「無理ニャのね」
「そう云うなよ。何か考えてくれ」
「そうは云われてもニャんだニャ。口で負けるのは確実。でも力比べは嫌じゃ、どうにもニャらニャいんだニャ」
「ドッキリとかも引っ掛からないタイプニャのよ」
「ドッキリねえ」
「簡単には騙されニャいと思うのよ。そもそもマサキ、嘘吐くの苦手ででしょ」
 うーん。マサキは呻いた。
 あの男が騙されるところを見てみたくはある。だが、腹芸が苦手なマサキは直ぐに顔に出てしまう。それに、ドッキリに引っ掛けると云ってもどういったネタで攻めたものか。
「……いや、イケるな」
 少しの間。まるで天啓のように脳裏に閃いたネタに、マサキはこれだと膝を打った。
 どうせ顔に出るのなら、出たところで結果が変わらないことを云えばいいのだ。そう、あの男はマサキのことを好んでいない。なら、逆をやられたらどう感じる? きっと盛大に嫌気が差した顔をしてみせるに違いない。
「ニャにを考えてるのかはわからニャいが、止めておいた方がいいと思うんだニャ」
「返り討ちにされるのがオチニャのよ」
「それはやってみなきゃわからねえだろ」
 自分の考えながら、その見事さに笑いが込み上げてくる。
 早くあの男を懲らしめたくて仕方がない。マサキはベッドから飛び下りると、壁に掛かっているジャケットを手に取った。袖を通す時間も勿体ない。肩にジャケットを引っ掛けただけの姿で部屋から出る。
「ニャにをするつもりニャんだニャ?」
「それは着いてからのお楽しみってな」
「嫌な予感しかしニャいのね」
 不安そうな表情の二匹の使い魔とともにサイバスターに乗り込む。見てろよ、シュウ。自身の計画に胸を弾ませながら、マサキはサイバスターを発進させた。

※ ※ ※

 そろそろ用件を聞かせて欲しいものですが。と、おもむろにシュウが口を開いた。
 シロとクロはレストランの外、チカは彼のポケットの中にいるようだ。
 研究に励んでいた彼をサイバスターに押し込んで街に出ること一時間ほど。ぶらぶらと大通りをそぞろ歩きしながら、他愛ない世間話に興じるマサキを不審なものを眺めるような目で見ていたシュウと昼食を取りに入ったレストラン。シュウがマサキにそう尋ねてきたのは、注文を終えたタイミングでだった。
「偶にはこんな日があってもいいだろ」
「気紛れで私を街に引っ張り出したと?」
「いけないかよ」
「何の理由もなくあなたが私を誘ってくるとは思えませんね」
 日頃の関係が関係なだけに、流石に勘が働いたようだ。冷ややかな眼差しを向けられたマサキは、その視線を無視して、再びメニューブックを開いた。
 ハンバーグステーキを頼んではいるが、それだけだと物足りない気がしている。つまみ的なものでもいいからもう一皿欲しい。そう考えながらメニューを眺めれば、手持無沙汰な様子に映ったのだろう。先に種明かしをしては如何です。と、シュウが催促してくる。
「何だよ。俺はそんなに信用がないってか」
「ありませんね」
 どうやらマサキの態度に焦れているようだ。シュウが指先でテーブルを叩く。
 マサキは眉を顰めた。
 確かにマサキがシュウを街に連れ出したのは下心あってのことだったが、だからといって日頃の働きまでもをなかったことにされる筋合いはない。サイバスターの操者としてすべきことはきちんとこなしている。しかも、不覚を取ってばかりならまだしも、きちんと結果を出し続けているのだ。
 そもそも、忘れた頃にマサキの許に厄介事を持ち込んでくるのは、他でもないシュウ自身だろうに。
 信用していない相手に物を頼むんじゃねえ。ついつい腹立ち紛れの言葉を吐き出してしまいそうになるが、ここで揉めては今日の目的の為に払った労力が無駄になる。シュウに一泡吹かせると決めたからにはやり遂げなければ。マサキは寸でのところでその言葉を飲み込んだ。
 けれども、ただ肩を竦めてみせただけのマサキに、シュウは更に不信感を募らせたようだ。すっと手を伸ばしてきたかと思えば、真面目に話をしろとばかりにマサキの手元からメニューブックを取り上げてゆく。
「おい。人が見ているものを」
「理由を聞かせていただけたら返してあげますよ」
「面倒臭いヤツだな、お前」
「その面倒臭い男をここまで引っ張り出した理由は何です」
 どうあってもマサキから理由を聞かねば気が済まないようだ。
 仕方がないとマサキは頭を掻いた。
 いつでも余裕綽々な男の警戒心を隠そうとしない姿。絶対に見られないものを目にしているマサキとしては、決定的な言葉を口にするのはもう少し先に延ばしたいところだったが、欲を掻き過ぎた結果、彼から強烈なしっぺ返しを食らわされたでは話にならない。
 彼を揶揄うのは、ここいらで潮時にするべきだろう――マサキは覚悟を決めてシュウに向き直った。
 まだマサキには最後のカードが残されていた。これを出さずして終われない。見てろよ、シュウ。マサキは込み上げてくる笑いを抑えきれずに口元を緩ませた。
「そりゃ、勿論。お前のことが好きだからに決まってるだろ」
 それで全てを納得したのか。シュウの口元に不穏な笑みが浮かぶ
「……そうでしたか」
 テーブルの向こう側から伸びてきたシュウの手が、マサキの手をやんわりと掴む。白く節ばった長い指。マサキと比べれば逞しさに欠けるきらいがある。その指が、マサキの指に絡んだ。
「おい、お前何を」
 突然のシュウの豹変にマサキは気圧された。
「ちょ、止めろって……」
 最早、仕返しだの何だのと云っている場合ではない。
 藪を突いて蛇を出したマサキは焦って手を引っ込めとようとした。けれどもシュウの手は離れない。むしろより力強く、そして深く指を絡めてくる。
 待てって。マサキは顔を上げた。ひんやりとした手の温もりからは想像も付かないほどに熱い眼差し。真っ直ぐに自分を凝視みつめている双眸の揺らめきに、何故かマサキの鼓動が早まる。
 次の瞬間、もう片側の手までもが伸びてきたかと思うと、指が絡まった手の上から覆い被さってきた。やんわりと撫でられる手の甲。もう、どう言葉を返せばいいかわからない――マサキはひたすらに狼狽えた。
「私もあなたが好きですよ、マサキ」
 次いで、マサキの顔を覗き込んできたシュウがそう囁き掛けてくる。
 彼の低くも甘い囁き声に、マサキは言葉を詰まらせた。
 切なさを伴って胸を締め付ける痛み。理解不能な感情が胸の内に湧き上がってくる。マサキは目の前にあるシュウの顔を直視出来ないぐらいの羞恥に襲われた。けれどもそれは周囲の客の視線に感じているものではなく。
 ――あれ? こいつ、こんな綺麗な顔してたっけ……?
 やたらと眩しく見えて仕方がないシュウの顔が、マサキをいたたまれない気分にさせる。
「あの、俺……」
 途惑いつつも、ようやくそうとだけマサキが言葉を口にした矢先だった。するりとシュウの手が離される。
 驚いて顔を上げたマサキの目に飛び込んできたのは、今にも声を上げて笑い出しそうなシュウの顔。
「冗談ですよ、マサキ。本気にするなどあなたらしくない」
 マサキは我に返った。そしてようやく事情を把握した。
 どうやら担ごうとしたつもりが、担ぎ返されてしまったようだ。
 即座に脳裏に浮かぶ二匹の使い魔の呆れ顔。ああ、くそ。彼らの予想通りにシュウにしてやられてしまったマサキとしては歯噛みするしかない。
「――私を担ぐなど十年早いのですよ。わかりましたか、マサキ」
 まるでタイミングを見計らったかのように、そこで飲み物がテーブルに届けられる。もう少し策を練るのですね。ティーカップを手にしたシュウが、そう続けて紅茶を啜る。澄ました顔が憎らしい。マサキは口惜しさに地団太を踏みたくなる気持ちを抑えながら、オレンジジュースが注がれたグラスに手を伸ばした。