「おや、マサキ。丁度いい所へ」
遊撃部隊として各地を転戦しているロンドベルに、待望の補給物資が届いたとの報せが舞い込んだその日。その程度のことで舞い上がるような性格でもない男が、物資搬入直後の倉庫にいるのを発見してしまったマサキは、間髪入れずに彼からかけられた言葉に盛大に顔を顰めていた。
今まさに仕分けの真っ最中らしい。荷役人が行き交う倉庫内に区画を区切って分けられている荷物のサイズは大小様々。中身は食料や医薬品、整備用パーツが大半を占めているようだ。
待ちきれない。
パレットに乗っている食料品を目当てに倉庫に顔を出したマサキとしては、ここで厄介事に巻き込まれるのだけは御免だった。
「何の用だよ。俺はチョコレートが欲しくて来ただけなんだが」
レーション続きの食事にもいい加減飽きていた。何でもいいから普通の食べ物を口に入れたい。白米が恋しいのは勿論のことだったが、マサキとしてはそれ以上に菓子類が恋しかった。特に甘いもの。疲れが溜まると、無性にぴりっと塩気がきいたものと、蕩けるように甘いものが食べたくなる。
だからマサキは部署への入荷を待たずして倉庫にまで足を運んだ。
だが、男――シュウにとっては、マサキの高まり切った食への欲求など所詮は些事でしかないのだろう。いや、むしろ好都合と捉えたのか。ポケットから一枚のチョコレートと思しき包みを取り出してみせたシュウは、何故都合良くそれを所持しているのかについては言及せずに言葉を続けてきた。
「それでしたらこれをお礼として差し上げますよ。私は甘いものはあまり口にしませんしね」
「本当かよ」マサキは辺りを見渡した。
戦線に立つ操縦者の希望であれば――と、仕分け前の荷物を荷解きし、中身をくれる荷役人はそれなりにいる。チョコレートは云うに及ばず、カップラーメンだのジュースだの菓子パンだの……マサキの視界の向こう側では、同じ目的で倉庫に足を運んだ操縦者たちが、めいめいに目的のブツを手に入れていた。
補給艦いっぱいに積まれた補給物資は、まだ相当量を積み残している。直ぐになくなりはしないとわかっていても、甘いものに飢え切ったマサキとしては焦りを感じずにいられない。
「チョコレート一枚で助けてもらえるのでしたら、安いものですよ。どうです、マサキ」
「妙なことを手伝わせようっていうんじゃないだろうな」
「この荷物を格納庫に運び込むのを手伝ってくれればいいだけです。簡単でしょう」
荷物? と、マサキはシュウの足元に目をやった。両手に抱えられるぐらいの大きさの木箱。シュウひとりでも充分に持ち歩けそうな大きさの荷物に、マサキは首を傾げた。
「お前、そんな非力な奴だったか?」
「持ってみればわかりますよ」
マサキは試しと木箱に手をかけてみた。持ち上げようとしたところでみしりと腕が悲鳴を上げた。何だこれは。思わず言葉が口を衝いて出るぐらいに重い。
「中身は何だ? 普通の荷物じゃないだろ、これ」
「グランゾンのパーツですよ。改修用に要望していたものがようやく届きましてね」
「仕分けが終わるのを待てよ。何でお前がわざわざ自分で運ぼうとしてるんだよ」
「早く改修に取り掛かりたいのですよ」
「いやだから待てって。待てばいいだけの話だろ、それ」
マサキ――と、シュウが再び目の前にチョコレートをちらつかせてくる。
「何だよ……その程度で誰が釣られるかって」
「このパッケージに見覚えはありませんか」
物資に乏しい戦時中とあっては、戦艦に入荷するチョコレートの質もたかが知れたものだ。砂糖の味しかしないじゃりじゃりとした歯応えのチョコレート。どこかで安く買い叩いてきたに違いない。出所不明なそれとは異なる有名メーカーのパッケージ。シュウがどこでそのチョコレートを手に入れてきたのかは不明だが、今回艦に入荷したチョコレートよりは質が良いのがわかる。
ごくり。
マサキは口の中に溜まった唾液を飲み込んだ。そして目の前で勝ち誇った笑みを浮かべている男を睨み付けた。
「く……っそ。やるよ、やればいいんだろ!」
「察しが良くて助かりますよ」クックと声を潜ませて嗤ったシュウが背後を振り返った。「台車はここに用意してあります。荷上げと荷下ろしだけ手伝ってくれれば充分です。さあ、始めましょう、マサキ」
シュウの言葉にふらふらと、吸い寄せられるように木箱に近付いたマサキは、そうして彼に付き合って格納庫まで荷物を運び入れ、無事に目的のブツを手に入れた。
「たかがチョコレートニャのにニャにしてるんだニャ?」
「マサキ、もしかして、あたしたちが思ってるより欲に弱いの?」
二匹の使い魔にはさんざん馬鹿にされたが、有名メーカーのチョコレートという餌には逆らえない。久しぶりにまともな味のチョコレートを口にしたマサキは、その後、シュウの頼みなら素直に聞いてやってもいいかな――と、少しばかり思うようになった。