「マサキ! 三時の方向!」
クロの言葉にマサキはサイバスターの向きを変え、正面モニターを確認せずに剣を振り上げた。
敵機に斬り込むより先に機体に走る衝撃。一瞬にして赤く染まった計器類に、「巫山戯ろ!」声を上げてマサキは砲弾が飛んできた方向へと機体を突っ込ませていった。
視界一面を覆う吹雪。雪のカーテンで輪郭を不確かにしている機影が不気味に揺らめいている。
マサキはその影に向けて剣を振り下ろした。ガン、と重く鈍い音が響き、ダメージメーターが上昇する。「何だ!?」手応えにも似た衝撃があったのにも関わらず、サイバスターがダメージを負っている。瞬間、思考が錯綜するも、「マサキ、これを見るんだニャ!」シロの言葉に我に返る。
各部の損傷度を表すモニターが腕部のダメージを表示している。どうやら反撃を受けたようだ。マサキは立て直しを図る為に宙へとサイバスターを舞い上がらせた。方角がわからない状況とあっては、何処にサイバスターを逃がせばいいかも判断が付かない。そもそも敵機の数からしてマサキは把握していない。迂闊に動き回るのは危険だった。
「くそ。雪が凄すぎて何も見えやしねえ」
「どうするの? これじゃいい的ニャのよ」
「おいらは一端、退くべきだと思うんだニャ。サイバードで突っ切れば、今ニャらまだ逃げられるんだニャ」
気象と地形条件が同じであるならば、勝負は純粋に機体と操者の性能差で付く筈だった。
風の魔装機神サイバスター。16体の正魔装機の頂点に君臨する白亜の大鳳は、優れた能力を誇っていた。機動力に反応速度、攻撃力の高さにしてもそうだ。なまじっかな魔装機では近付く前に迎撃される。そうも噂される己の愛機と自身の能力にマサキは奢っていた訳ではなかったが、格下の魔装機と思しき敵を前にして、一撃も当てられずにいる状況には焦りを感じていた。
せめて精霊レーダーだけでも正常に機能していれば――マサキの莫大な気は頻繁に計器類を役に立たなくした。しかも視界を奪うこの吹雪。敵機がどこに存在しているのかが全く把握出来ない。マサキとサイバスターが劣勢に追い込まれているのは、そうした事情もあってのことだった。
恐らく複数機の魔装機が陣を張っている。マサキは周囲の気を探った。ごちゃついた気の塊が2つと、単独で点在している気が3つある。マサキは更に感覚を研ぎ澄ました。ごちゃついた気の塊の中に何機の魔装機が存在しているのか、明瞭りとはわからなかったが、感じられる色の数からして6機以上の塊ではなさそうだ。
多く見積もって15機。少なくとも10機。そう敵の勢力に見当を付けたマサキは、二匹の使い魔のアドバイスを無視して、敵陣の中央へとサイバスターを降下させた。恐らく敵機は集中攻撃を仕掛けてくることだろう。だが、それを気にしている余裕などなかった。16体の正魔装機の旗印としての誇りと意地。格下の魔装機相手に尻尾を巻いて逃げたと知れれば、その名声に傷が付く。世界の平和の守り手として、マサキは退いてはならない立場にいるのだ。
「ニャにをするんだニャ!」
「危ニャいのよ!」
敵機の砲撃が当たったのだろう。立て続けに起こる衝撃に、機体が激しく震える。けれどもこの程度で怯んでいては、倒せるものも倒せなくなる。マサキは広域選択攻撃装置のプログラムを起動した。使える回数に限りはあるが、使わないことには戦況を引っ繰り返せそうにない。とにかく敵の戦力を削がなければ。
「シロ、クロ、サポート!」
「エネルギーは正常に充填中ニャんだニャ!」
「解放システムに異常ニャしニャのよ!」
まだ生きている計器類からの情報を正しく読み取った二匹の使い魔に、マサキは力強く頷いた。
「ここを凌ぎさえすれば、後はどうにかなる! 行くぞ! 纏めて消し飛べ!」
コントロールパネルを叩く指先に力が籠る。マサキはサイバスターの中に溜め込んだエネルギーを解放した。
※ ※ ※
「勝負は付きましたね」
云うなりグランゾンの推進システムを動かし始めたシュウに、チカは盛大に首を捻った。
「本当ですか。ご主人様ぁ? むしろ切り札を使っちゃった分、あたくしにはヤバそうに見えるんですけど」
「レーダーを見なさい、チカ。全機が有効射程範囲に収まっている。マサキには敵機の位置が把握出来ていますよ」
「まぐれじゃないんですかね? だってさっきまでのあの動き」
サイバスターの動きは、あれが16体の正魔装機の頂点に君臨する風の魔装機神かと見紛うまでに酷いものだった。敵機の位置が全く把握出来ていない。打ち出す攻撃の数々が、無残にも敵機に防がれ、或いは避けられるのをチカはその目で何度も目にした。
恐らく無尽蔵の気を誇るマサキのことだ。また精霊レーダーを壊してしまったに違いない。加えてラングランでも何十年に一度と云われれるレベルの吹雪に視界を奪われてしまっている。幾らマサキとサイバスターの能力が比類なきものであっても、情報を遮断されればこうもなる。チカは内心ハラハラしっ放しだった。
普段はマサキを煽ることに人生の喜びを見出しているチカであったが、それも相手あってのこと。「助けては如何ですかね、ご主人様。貸しを作るチャンスですよ」だからこそ捻くれ者の主人にそう進言してみるも、「暫くは様子を見ましょう」と、マサキの能力に絶対の信頼を置いているシュウはにべもない。
――どうせマサキさんに何かあったら、三倍縮退砲なクセして!
傍目には気に入っているのが丸わかりな割には、チカの主人はそれを隠し通せていると思っているらしい。今にしてもそうだ。わざわざレーダーの反応を気にして、ここまで足を運んでおいておきながら、戦力の分析だあーだこーだ。それはチカでなくともやきもきしたもの。
「視界を奪われようとも、レーダーが使い物にならなくとも、マサキの心には別の目があるのですよ。大丈夫です。それよりも、戦いが終わった後のことの方が気掛かりです。果たして彼らが、王都に無事に帰還出来たものか」
「あー、それはめっちゃありますね。しかも、この吹雪ですからね。一生辿り着けないまでありますよ」
「ですから、その案内ぐらいはしてあげようと思っているのですよ。戦闘への加勢と道案内。同じ貸しなら、より労力が少なくて済む方を選択するのも戦術のひとつですからね、チカ」
「中々に意地の悪いことを仰いますね、ご主人様!」
チカは驚きに目を剥いた。最小の労力で最大の恩を売り付けようなど、底意地が悪いにも限度がある。
けれどもチカの主人は、その程度の評価など歯牙にもかけない性格をしているのだ。いや、むしろマサキに対する行動の評価としては、極上の褒め言葉ぐらいに受け止めているのではないだろうか。クックと嗤い声を上げた主人の、実に楽し気な横顔が目に入ったチカは、マサキ心底同情せずにいられなかった。