死ぬにはちょうどいい日に

 そうだ、と、マサキは思った。あいつに会いに行こう、と。

 敢えて振り返ららないようにしていた過去。両親を失ったマサキが、その後に世話になることとなった施設には、同じように身寄りを失った子どもたちが集まっていた。そこで寝食をともにしていた仲間に会いに行こうと、マサキがようやく思えるようになったその日。ラングランには抜けるような青空が広がっていた。
 死ぬにはちょうどいい日だ。決して友人と呼べるような仲ではなかった施設の仲間のひとり、マサキが会いに行こうと思った少年は、職員室から盗み出して作った合鍵で上がり込んだ屋上で、寝そべりながら空を見上げてよくそんなことを口にしていたものだった。
 雲ひとつない晴れの日に、自ら命を終える選択をしたいのだ。一風変わった考え方をする少年と、マサキはつかず離れずの距離で付き合い続けた。施設に戻れば嫌でも顔を合わせる相手と意見が食い違った程度で喧嘩をしていては、無駄に精神力を消耗するだけだからこそ、少年に限らず、他の子どもたちともマサキは良好な関係を築いていただろう。
 身寄りを失った子どもたちというのは、周囲に大人になることを迫られたからからこそ、誰も彼もが気味が悪いくらいに大人びていたが、少年はその中でも更に抜きんでて大人びた振る舞いをしてみせたものだった。それは数多の孤児たちを見慣れてきた施設の職員をして、あの子は底が知れない――と云わしめるほどでもあった。
 子どもにとって世界とは、その精神年齢の如何に関わらず、見た目で年齢を押し付けてくるものである。息苦しくも甘やかで、そして限りない可能性を夢見させてくれるもの。けれども少年にとって世界とは、マサキたちの目に映るものとはまた異なった様相のものであるようだった。彼は学校の屋上にマサキを連れ出しては、フェンスに凭れながら、子どもに可能性なんてない。あるのは定められた道筋だけだ。と、いずれ訪れる社会人生活を的確に皮肉ってみせたものだ。
 もしかすると、少年はそうした世界にひとりで抵抗していたのやも知れない。彼はある日、いつものようにマサキを屋上に連れ出して、雲ひとつない青空を見上げながらこう口にした。
「凄い仕事を見付けたんだ。お前もやらないか、マサキ。金を溜めるんだ。そしてふたりで一緒に施設を出よう」
 マサキ自身は決して彼を友人とは思っていなかったが、彼はマサキを友人とは別の何かと認識していたようだ。そう、少なくとも先の見えない生活を、ともに抜け出そうと提案してくる程度には。
「金を溜めて施設を出て、何をするんだ。お前はもしかして、お前の云うつまらない大人にでもなるつもりか」
 そう尋ねたマサキに、まさかと答えた少年は、彼にしては豪快にも派手な笑い声を上げてみせた。
「お前とならやれる気がするんだよ、マサキ。俺と一緒にでっかい仕事をしようぜ」
「これから金持ちの家に盗みに入る泥棒みたいな台詞を云いやがる」
 マサキの例えを少年はいたく気に入ったようだった。腹を抱えて笑い転げた彼は、けれどもその誘いを実現することなくこの世を去った。
 学校が終わってから門限までの短い時間、少年は特殊な嗜好の男たちを客として取り、少なくない金を受け取る対価として、性的な奉仕をしていた。その客の中にまともではない人間が紛れ込んでいたのだ。徐々に門限を無視するようになっていった少年が、ついに施設に戻ってこなかった翌日。彼はホテルの一室で、無残な姿となって発見された。
 マサキを『仕事』に誘ってきてから、半年が過ぎた頃だった。
 警察は彼の秘められた生活と、それに関わる人間関係をおおっぴらにしてしまった。その途中ではマサキも疑われたこともあった。警察という生き物は、親しい関係にあった人間は、取り敢えず疑ってかかるものらしい。そう施設の職員に聞かされはしたものの、決していい気はしない。マサキは警察の決めつけた物言いが気に入らなかった。
 結局、捕まったのはしょぼくれた四十路のサラリーマンだった。
 少年は皮肉にも、自身が口にしていた『つまらない大人』の手によって、その人生を終えることとなったのだ。そう、彼が死ぬにはちょうどいい日と望んでみせた、抜けるような青空が広がった晴れの日のその夜更けに。
 ――世の中を上手く立ち回っているように見えて、お前は誰よりも不器用だったな。
 あの頃の仲間たちもまた社会に出る年齢となった。敷かれたレールの上を歩んでつまらない大人になるんだと思っていたマサキは、運命の奇禍に巻き込まれて、魔装機神サイバスターの操者となった。もしかするとその中身は少年の云う『つまらない大人』であるのかも知れなかったが、少なくとも敷かれたレールからははみ出した未来である。
 ――お前が知ったら卒倒するかもな。だってお前云ってたもんな。『何だかんだでマサキは定められた道筋の上を歩んでゆくのが好きなような気がする』ってさ。
 無縁仏として彼が眠る寺を訪れたマサキは、ひっそりと建つ卒塔婆を見詰めながら、胸の内で彼に何度も語りかけた。
 ――生きていたらお前とでっかいことが出来ただろうか。
 そうして、思う存分、少年と歩んだ日々を思い返したマサキは、また来るよ。と、彼に語りかけて寺を出た。
 寺まで続く一本道。その果てに制服姿の少年少女の一団がいるのが見えた。箸が転がっても可笑しく感じられる年頃の彼らは、何に気兼ねすることもなく笑い声を上げながら、きっと家に帰る途中であるのだろう。横断歩道を渡ってゆく。
 彼らが過ぎ去った道の上に、マサキはあの頃の自分の姿が見えたような気がした。
 少年とふたり、立ち入り禁止の屋上に上がって対話を重ねた日々。きっと、マサキも彼も、物分かりのいい子どもを演じるのに疲れていたのだ。だからこそ、ふたりは屋上に上がった。他の誰にも会話を聞かれぬ場所で、そうして様々に思いのたけを口にし合った――……。
 決して友人とは呼べなかった少年は、紛れもなくマサキの仲間であった。マサキは横断歩道を今再び見詰めた。道の上に立つあの頃のマサキは、これ以上となく屈託のない笑顔を浮かべていた。

あなたに書いて欲しい物語
kyoさんには「そうだ、彼に会いに行こう」で始まり、「あの頃の僕が笑っていた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。