Good morning call

「恋って偉大よね」
 テーブルを挟んだ向かい側で喫茶店のモーニングメニューを眺めていたミオが、何を思ったか、不意にそんな言葉を吐いたものだから、マサキとしてはようやくそういった日が来たのかと早合点もしたくなったものだった。
「何だよ。ついにお前にも春が来たってか」
「そうじゃないわよ。マサキの話よ。すっかり規則正しい生活が身に付いちゃって」
「それは元からだろ」
 うららかな陽気。朝も早くから、お腹が空いたから。という至極わかり易い理由でマサキの元を訪れたミオは、城下くんだりまで足を運んでみせると、「ここのモーニングメニューが美味しいのよ」と、三差路の角に建つ喫茶店へとマサキを引き込んだ。
 サンドイッチ、ベーグル、パニーニといった軽食に、サラダにフルーツヨーグルト、そしてスープが付いてくるモーニングメニュー。朝から豪勢だな。マサキが云えば、どうやらミオは既に朝のトレーニングメニューを消化し終えた後らしい。朝活よ、朝活。そんなことを云いながら、どのメニューにするかを延々悩み続けている。
「嘘。マサキ、前はこの時間はベッドの中だったじゃない。それが今はどうよ。ちゃんと起きちゃって」
 そして、シュウのお陰よね。そう続けたミオは、ようやくメニューを決めたようだった。マサキは決まった? メニューをテーブルの上に広げたまま、目を落とすこともなくなったマサキに尋ねてくる。決まったも何もメニューを見た瞬間にサンドイッチにしようと決めていたマサキは、ああ、と短く頷いて、ウエイトレスを呼んだ。
「サンドイッチとパニーニのセットとコーヒー、それとレモンソーダ」
 ふたり分のメニューを注文し、氷が溶けかかった水を飲む。シュウのお陰。ミオが先程口にした言葉が、やけに引っかかる。
 寝る時間も起きる時間も気紛れなマサキは、自分の生活リズムが不規則な自覚がある。だが、それに輪をかけて不規則な生活リズムを刻んでいるのが、シュウ=シラカワという男だった。そう、彼は研究や読書といった自らがやりたいことに専念するがあまり、日常生活の一切を放棄してしまう人間であるのだ。
 折り目正しい外での態度とは裏腹な生活態度。表と裏の顔を使い分けてみせる男の本性を知っているマサキとしては、何も知らぬ様子のミオの言葉には、大いに物を申したくもなったもの。
「そうは云うけどな、あいつだってこの時間はまだベッドの中だぞ」
「そうなの? じゃあ尚更シュウのお陰じゃない。マサキ、料理とかもちゃんと自分でするようになったもんね」
「人を通い妻みたいに云うんじゃねえよ」
「その通りだと思うけどなあ。っていうか、咄嗟にその返しが出てくるってことは、マサキ自覚あるんじゃない」
 料理に掃除、洗濯。ひとりで暮らしていれば嫌でも向き合わなければならない家事の数々を、シュウは当たり前のように無視してみせることがあった。それも頻繁に。恐らくは、サフィーネやモニカが片付けに来ていることが関係しているのだろう。怠惰な生活が日常である男は、昨日も自らの趣味である研究に没頭しているよう様子だった。
 そもそもマサキからして、見るに見かねて手を出してしまったぐらいであるのだ。何であいつはあんなに研究が好きかね。ぽつりとそう呟けば、何? マサキ構ってもらえなくて拗ねてるの? と、斜め上の言葉が返ってきた。
「そうじゃねえよ。あいつが家事をやらないって話をしてるんだよ」
「それはマサキに甘えてるんじゃないの?」
「あいつの場合、それ以前の問題な気がするけどな」
「でも、そのお陰でマサキの家事力は上がったんだし、結構なことよ。朝からおノロケご馳走様。あたしもうお腹いっぱい」
 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、テーブルに届けられるモーニングメニュー。そういや。と、マサキは目の前に置かれた思った以上にボリュームのあるプレートに、自分が今日をどう過ごそうとしていたかを思い出して、声を発さずにいられなくなった。
「俺、今日、昼までにあいつを起こしに行かなきゃいけなくてさ」
「あっらあ、お熱いこと」
「向こうで飯を食うつもりだったの忘れてた」
「何? 一緒に食べないと機嫌が悪くなるとかでもあるの?」
「そうじゃねえよ。ただ、何となくさ。相手が食べてるのをただ自分が見てるだけって気まずいだろ」
「マサキ、本当に変わったよね」
 ミオはそうしみじみと呟きながらも、食べ物の魅力に打ち勝てなかったようだ。次の瞬間には、大口を開けてパニーニにかぶりついてゆく。
 やっぱり美味しい。そうは云えど、しとやかとは云い難い食いつきぶり。それはミオが相当に腹を空かせている証拠でもあったのだろうが、見目が見目だ。お前、もう少しさ、女だって自覚を……女だ男だ関係ない話だとはわかっていても、マサキとしてはそう口にせずにいられない。
「お腹が空いてるのよ。マサキ、そういう話だったら、そのサンドイッチ半分あたしが貰うけど?」
「本当かよ。だったらやるよ。ほら」
 よもや本当にマサキがくれるとは思っていなかったのだろう。ミオは目を丸くすると、
「本当に変わったよね、マサキ。そんなにシュウのことが好き?」
「馬鹿じゃねえの。好きでもない相手と付き合うかよ」
「そりゃそうだ。でも、シュウはともかく、マサキはねえ。相手のどこが好きなのかわかり難いっていうか」
 などと云いながらも、食事をどんどん片付けてゆく。マサキから貰ったサンドイッチに、パニーニ。サラダにスープ……そしてデザートのフルーツヨーグルトに辿り着いた彼女は、ようやくひと心地付いたようだった。まだ半分も食事を片付けていないマサキを見詰めてひと言。
「ねえ、マサキ。マサキはシュウのどんなところが好きなの?」
 咄嗟に全部、と口にしそうになって、マサキは慌てて口唇を結んだ。
 そんなことを迂闊に口にしようものなら、魔装機の操者たちにどんなネタにされるかわかったものではない。だからマサキはミオに向かって笑いかけながら、こう答えてみせたのだ。謎は謎のままがいいだろ? と。

あなたに書いて欲しい物語
kyoさんには「恋って偉大だ」で始まり、「謎は謎のままがいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。