「一緒に暮らす?」
その日、何の約束もせずに訪れたシュウの居所で怠惰な時間を貪っていたマサキは、研究がひと段落着いたらしい。奥の書斎から姿を現したシュウが出し抜けに吐いた台詞に、耳を疑った。
「誰と? 俺と?」
「あなた以外に誰がいるのです、マサキ」
よもやそういった反応をされるとは思っていなかったようだ。シュウは笑えばいいのか、それとも怒るべきなのか――と、悩んでいるかのような微妙な顔付きでそう言葉を継ぐと、気付いたら知り合いの半分以上が所帯を持っている現実に最近ようやく気付いたのだと、突然のプロポーズの理由を述べた。
「それで俺と一緒に暮らしたいって? お前でもそういったこと、気にするのかよ」
「区切りを付けるのにはいい機会かと」持ち込んだ分厚い書物をソファの上で広げながら、「よくよく考えてみれば、ラ・ギアスでは15歳が成年ですしね。むしろよく今まで周りの環境の変化に気付かずにこれたものだと、我ながら不思議になりましたよ」
「そりゃお前、結婚ってものに興味がないからだろ」
隣に居場所を定めたシュウの肩に凭れて、マサキはその手元を覗き込んだ。全く意味を解せない文字列。シュウは今日も今日とて難解な、しかし彼にとっては日常的に触れている知識の吸収に余念がないようだ。
こいつと一緒に暮らすねえ。マサキはその生活を思い浮かべてみた。
正直、何かが変わる気がしない。
マサキがいようが思い付いたらお構いなし。すわ研究だ論文だ読書だと動き始めるシュウは、マサキの存在を空気や水に等しいものだと思っているのだろう。あって当たり前の存在。結構なことだとは思うものの、もう少し自分の存在に気持ちを向けて欲しいものだとマサキが思ったことは数知れない。
「確かに、結婚には興味はありませんでしたが」
シュウは片手を書物から離すと、マサキの肩を抱いた。そしてこう言葉を続けた。
「あなたが側にいる生活に魅力を感じないほど、私は孤独に慣れている訳ではないのですよ」
「本当かよ。お前のその手の言葉はどうにも信用がならねえ」
「これは随分と拗ねた言葉を」
さり気ないスキンシップ。肩を抱いていた手で今度は髪を梳き始めたシュウに、悪い気はしねえけどな。マサキはそう付け加えた。側に寄ってきてはこうしてマサキに触れてみせるシュウの温もりを、マサキとて求めていない訳ではないのだ。
もし、マサキとシュウが一緒に暮らすことで何かが変わるのだとすれば、こうしてふたりで触れ合って過ごす時間が増えるぐらいだろうか。それだけでいい。と思えるほど、マサキは大人にはなれていなかったし、誰かとそういった意味で一緒に暮らすという現実的な問題に、夢を捨ててはいなかった。
「どうすれば一緒に暮らしてくれますか、マサキ」
そういったマサキの心の動きを見透かしているかのようにシュウが言葉を紡ぐ。いや、彼としてはどうあってもマサキと一緒に暮らしたいのだ。けれども、そのきっかけは周囲の人間関係の変化にある。マサキとしては、それが面白くなく感じられて仕方がない。
自分を求めてのことではないのだ。
常人離れをしたステータスを誇るシュウは、やはり常人離れをした性格をしている。彼が他人や自分を見る目は冷ややかだ。本人にはそういうつもりはないらしいのだが、客観性を重視するがあまり、主観性が窺えない物言いをしてしまうからだろう。
何を考えているかが読めない男。シュウはそうした自分の不足に自覚があるようだ。一般的な『普通』という枠組みに強い関心を寄せ、時にはそれを自ら体現してみせる。そう、シュウはマサキ自身を求めて同棲を提案しているのではなかった。それが『普通』の人間の『普通』の営み、或いは長く付き合った『普通』の恋人たちが辿り着くひとつの答えであるとと思っているからこそ、マサキを使って体現してみたいだけなのだ。
「夢がないんだよ、お前との生活って」
「夢、とは」
「もっとこう、恋人らしい生活っていうかさ――」
マサキの言葉を愚痴とでも受け止めたのだろうか。髪を梳いていた手が動きを止めたかと思うと、そうっと顔を仰がせてくる。重なる口唇。日常的に交わされる口付けを拒む理由などマサキにはない。
黙ってシュウの冷えた口唇の温もりを味わうこと暫く。顔を剥がしたシュウは、こういうことではない? と、マサキに尋ねてきた。
「どうなんだろうな。もっと劇的な変化があるもんじゃないか、同棲って。それまでひとりで生きてきた人間が、ふたりで暮らすんだろ。もっと、何か、こうさ……」
「甘やかされるだけでは不満ですか、マサキ」
「不満じゃねえけど……」
「なら、私はどうすればいい? 具体的に教えてはくれませんか。それがあなたの望みであるというのであれば、出来るだけ希望に沿えるように善処しますよ」
そうは云われても、マサキにも良くはわからないのだ。
この機会を逃したら、次はいつになるかわからないシュウからのプロポーズ。わかっている。人間性に乏しい彼がマサキとの関係を能動的に変えたいと望むことなど、滅多に起こらない奇跡であると。だからこそ、決めるのだとしたら今しかない。マサキはぼんやりとした形でしかなかった自らの不満を、具体化するべく頭を回転させた。
「――……一生だ」マサキはシュウを睨み付けて云った。
結婚という形を取れないマサキとシュウにとって、一緒に暮らすということはある種のゴールに辿り着いたということでもある。そこまで辿り着いた以上、簡単に別れるような真似だけはしたくない。だからマサキはこう言葉を繋げた。
「一生、俺を捨てるな」
勿論ですよ。シュウの腕がマサキを捉えた。強い力で抱きすくめられたのは、次の瞬間。
「あなたでなければならないことを頼んでいるのに、どうしてその願いを叶えられないものか」
きっと世の中の恋人たちも同じような気持ちで、同棲に踏み切ってゆくのだろう。不安は多々あれど、自分の欲には勝てそうにない。なら、いい。一緒に暮らそうぜ、シュウ。マサキはシュウの肩に顔を埋めて、今度は自分から。彼との暮らしを誘いかける言葉を吐いた。
ワンドロ&ワンライお題ったー
kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【プロポーズ】です。