熱狂の硬貨 coin of enthusiasm

 通りの向こう側に建ち並ぶ店のひとつから彼が姿を現わした瞬間、マサキは盛大に首を傾げずにいられなかった。どういうことだと思わず言葉が口を吐く。どう見ても、そこは彼が立ち寄りそうな店ではなかった。
 視線を彼に戻せば、店を出て直ぐにマサキに気付いたようだ。迷うことなく近付いてくる長い影。それを正面にしながら、マサキは自分が見てしまったものを確認するべく、今一度、彼が出てきたばかりの店の看板に目を遣った。
 ――古銭屋。
 彼が懇意にしている店というのは古書店と相場が決まっていた。それ以外の店に自ら立ち寄る姿など見たことがない。知識の収集が趣味であるが故の本の虫。彼の家は床が抜けそうなぐらいの蔵書で溢れている。
「丁度いいところで顔を合わせましたね、マサキ」
 目の前に立った白いシルエット。どうやら都合良くマサキを使い倒すつもりであるらしい。口元に薄く笑みを浮かべたシュウと向き合ったマサキは、彼が持ち込もうとしている厄介事よりも、彼の不可思議な行動の理由が気になった。
「お前、古銭を集める趣味でもあったのか?」
 まさか。と肩を竦めたシュウは、即座にマサキの質問の意図に気付いたようだ。出てきたばかりの店を振り返って、成程。と、頷く。
「遺跡で古い銀貨と金貨を全部で十五枚ほど見付けたのですよ。私には古銭を集める趣味はありませんからね。然るべき人間の手に渡った方がいいだろうと思いまして」
「そういうことか」納得したマサキは、今度は視線を険しくした。「で、何が丁度いいところだって?」
「私を隣町まで乗せていって欲しいのですよ」
「俺のサイバスターはタクシーじゃねえ」
 一体、この男は風の魔装機神を何だと心得ているのか。顔を合わせれば家まで送れだの、目的地まで運べだの小煩い。
 仮にも精霊を宿した人型兵器である。軽々しく他人の足にしていいものではない。だのにシュウと来た日には、礼はすると云っては、返事などお構いなしと乗り込んでくる。
 しかもその礼が問題なのだ。
 マサキには微塵も理解出来ない練金学の本だの、どういった美的感覚センスで選んだのかわからない置物だの、葉っぱしか入っていない食べ物だの、とかくどう処理すればいいかわからないものばかり。
 もしかすると、これ幸いと要らないものを押し付けているのかも知れない。そう思いたくなるぐらいにハズレ率の高い彼からのお礼の品。唯一の当たりがハンバーガーだった辺りでも、その外し具合が知れる。
「サイバスターでしたらほんの十分ほどでしょう。ちょっとした寄り道ですよ」
「そういう台詞は頼む側が云うもんじゃねえよ」
「何か用事があるというのでしたら諦めますが……」
 と、シュウの視線がマサキの右手に注がれる。先程キッチンカーから買ったばかりのジャンボフランクフルト。半分ほど齧ったそこから視線を動かさないシュウに、仕方ねえな。マサキは頭を掻いた。
 すっかり休日モードでいたのを見抜かれてしまっているようだ。諦めたマサキは残ったジャンボフランクフルトを片付けながら、
「隣町でいいんだな」
「ええ。ちゃんと礼はしますよ」
「それはいい」マサキは首を振った。「この流れでお前がまともな礼を用意してるとは思えねえ」
「なら先に渡しておきますよ。手を出して」
「要らないって云ってるだろ! 聞けよ人の話!」
 絶対に受け取るものかと、マサキは左手を背中の後に隠した。
 けれどもその程度で引くような男ではない。腕を掴み取ったシュウが無理矢理マサキの左手を引っ張り出す。そうして握らされた冷たい感触の何か。マサキは顔の前に持ち上げた左手をゆっくりと開いた。
 一枚のコイン。
 月桂樹の中央に麗しい女性の横顔があしらわれている。これは? とマサキは尋ねた。
「懐かしかったのでついでと購入したのですが、私が持っていては彼も・・喜べないでしょうから」
「だから何だって聞いてるんだよ。何だよ、このコイン。今流通してる硬貨じゃねえよな」
 マサキはシュウの顔を見上げた。その瞬間、彼は酷く物寂し気な表情をしてみせた。
「フェイルロードが生まれた時の記念硬貨ですよ。中央の女性は彼の母親です。今はもう随分と数を減らしてしまったようですね」
 そっか。ちらと視線を落としてから、マサキはコインをポケットに仕舞い込んだ。
 世界統一という夢を力で果たそうとしたかつての第一位王位継承者は、生まれた時はそれだけ国民を熱狂させる存在であったのだ。マサキは少しだけ、悲しき男フェイルロードのことを思い返した。命の終わりを悟っていなければ、彼はああいった無謀な道を選びはしなかっただろう。
「行くぞ」
 けれども胸に去来した想いを口にはしない。
 街の外に向かって歩き出したマサキの斜め後をシュウが付いてくる。フェイルロードの従弟だったシュウが。
 マサキはポケットに突っ込んだコインを、その中で握り締めた。フェイルロードとしては、シュウにこそ持っていて欲しいのではなかろうか。突然重みを増したように感じられたコインから手を離せなくなったマサキは、ただ前を見据えて歩んでいった。