隣の芝は青い

 昼食は鶏肉とオレンジのパワーサラダだった。
 レタスにトマト、スライスした玉葱に茹でた鶏の胸肉、小エビにアボガド、チーズ、ナッツ。そしてオレンジが一皿に盛り合わせられたボリュームたっぷりのサラダは、充分過ぎるほどにシュウの腹を満たしていた。
 対面でハンバーグを食べていたマサキは、サラダで食事を済ませようとするシュウにいい顔をしなかったが、シュウが食べ進めるのを見ている内に興味が湧いだようだ。ひと口だけとサラダを掬った彼は、思ったよりは旨い。と、満足した様子だった。
「今日は何処に行くかね」
 レストランを出るなりマサキが尋ねてくる。
「この街の観光スポットになりそうな所は、もう全て見ましたね」
 じっとすることを好まないマサキは、街に出た以上は何かをするのが当然だと考えている節がある。
 頻繁にマサキと街にでることのないシュウとしては、彼の要望には出来る限り応えてやりたかった。とはいえ、マサキと街に通うこと十数回。目玉となるスポットはもう既に通い尽くした後だ。
「なら適当にぶらつこうぜ。何か面白いモンが見付かるだろ」
 ひとところに居を定めないシュウは、定期的に拠点を変えた。教団に命を狙われているのは勿論だったが、それ以上にラングランの一般的な国民が見ている世界に対する興味が強かった。
 狭い鳥籠のような世界で生きてきたシュウは、外の世界に強い憧れがあった。折角、市井に下ったのだ。世界を余すところなく目にしたい――今の住居に移り住んでから半年。見るべきものを見尽くした感のある街に、シュウはそろそろ住居の変え時だと考えながら、マサキに肩を並べるようにして道を往った。
「旨そうだな、あれ」
「ソフトクリームですか」
「今日は少し暑いしな。一緒に食おうぜ」
 当てもなく大通りをマサキと歩いていると、こなれた腹にデザートが欲しくなったようだ。キッチンカーで売られているソフトクリームを食べないかと、マサキが誘ってくる。
 シュウは彼の分だけソフトクリームを購入した。
 口に出したが最後。マサキの望みを叶える為の散財を厭わないシュウに、いつものことでありながらマサキはいい顔をしなかった。またお前は――そう抗議の声を上げたマサキに、そろそろ学習しては如何です。シュウは片手で彼の言葉を押し留めながらソフトクリームを渡した。
「そうじゃねえよ。俺はお前と一緒に食いたいって云っただろ」
「甘いものは苦手ですので」
 そこでふと胸に湧き上がってきた欲があった。
 シュウはマサキが手にしているソフトクリームに目を遣った。ひとつを食べきれる気はしないが、食後のデザートは欲しい。
 シュウは身を屈めた。そうして、まだシュウへの抗議の声を上げているマサキに構わず口を開いた。高く巻かれているソフトクリームの先端を舐め取る。瞬間、何故か、ああっ。と、マサキの口から驚きの声が洩れ出た。
「お、前……」
 口の中に柔らかく広がるバニラの風味。とかく甘いが、それはシュウの舌が食べ慣れないデザートに過剰に反応しているからだろう。
「これで充分ですよ、マサキ」
 あっという間に淡く溶け切っていったひと口のソフトクリームに、程良さを感じながらマサキに向き直ったシュウは、彼の不満がありありと浮かんだ表情におやと首を傾げずにいられなかった。
「何でソフトクリームを食べる時の一番の楽しみを取るんだよ、お前は」
「楽しみ?」
「この先っぽを食べるのが楽しいんだろ」
 云って、シュウが食べた跡が残るソフトクリームをマサキが舐める。
 旨い。そう口にはするが、シュウが知らずに犯した蛮行を赦してはいないようだ。食べた先から曲がる口元。甘いものは苦手って云ったクセによ――そう愚痴を零し続けるマサキに、先程のレストランでの一件が思い出されて、シュウは苦笑いを浮かべるしかなくなった。
「私のパワーサラダを鳥の餌だの不健康だの云いながら食べた人間が云う台詞ではないですね」
「あれは見てたら旨そうに思えてきたからだ。具も沢山入ってたしな。実際食ってみたら旨かったし……」
「私も一緒ですよ、マサキ」
 シュウはソフトクリームをまた舐めた。
 上質で上品なデザートを山と知っているシュウにとっては、物足りなく感じられる味。それは、マサキが口にしているものだからこそ、五感を満たしてくれるのだとシュウはわかっている。
 きっとひとりで食べても、ここまで美味しくは感じられないに違いない。
「お前、そんなに食うなら買えよ」
 それをあっさりと切って捨てるマサキに、御冗談を。シュウは肩をそびやかした。そうして、時に鈍感さがつれなさに変わる自らの恋人が、ソフトクリームを食べきるのを幸福な気分で見守った。