そろそろ色付く葉が目立ち始める街路樹を見上げながら、シュウはマサキとふたり、肩を並べて噴水を囲うベンチに座っていた。
喫茶店で軽い食事を済ませ、散歩ついでに訪れた広場。目的なくだらだらと歩き続けるのは、シュウの性分ではなかった。だからこそ、腹休めと座ったベンチで、次の目的地を考えるようにとマサキに告げた。
「決まりましたか、マサキ」
「あー……うん……」
マサキが生返事なのには理由があった。
隣のベンチに座っている年若いカップル。揃いのカラーの衣装が如何にもな彼らは、程度は軽いものではあるが、辺り憚らずスキンシップを取り合っていた。それが気になって仕方がないようだ。初めはちらと横目で様子を窺う程度であったマサキだったが、今ではしっかりと首を向けて仲睦まじい彼らの姿を凝視するに至っている。
シュウは苦笑いを浮かべた。
とはいえ、彼らにとって、世界は自分たちだけのものであるようだ。全く意に介する――どころか、マサキの存在など目に入らぬ様子で、頬や髪を撫で合っては、額を寄せて見詰め合い、そして小さな声を立てて笑いながら、何事か囁き合っている。
「そう不躾な視線を向けるものではありませんよ、マサキ」
「いや、良くやるよなって、思ってよ……」
感心すらしている風でもあるマサキの口振りに、やんわりとその無神経さを窘めたシュウは、で――と、顔を戻したマサキに再度尋ねた。
「次にどこに向かうか決まりましたか」
案の定と云うべきか。彼らの醸し出す密な雰囲気に呑み込まれてしまっていたらしい。困った風に宙を仰いだマサキが続けて言葉を口にする。
「てかお前、俺が考えてる余裕があるように思えるのかよ」
「照れる年頃でもないでしょうに」
「他人のこういう姿って、何か恥ずかしくないか? 自分のことよりもさ」
「いえ、特には。そもそも、照れていてはあなたに触れられませんしね」
「お前、ホント面白くねえ奴だよな」
言葉とともに大仰な溜息を吐き出したマサキが、どうすっかな。と、正面の噴水に目を遣った。
ようやく、『次の行き先』という現実的な問題に向き合う気になったようだ。組んだ脚の膝の上に肘を乗せて頬杖を突いて考え込むマサキの目の前を、件のカップルが通り過ぎてゆく。どうやら彼らは、シュウとマサキよりも先に、次の行き先を決めたようだ。指を絡め合うようにして手を繋ぎ、仲睦まじい様子で大通りへと出て行く。
「思えばあなたは、青春時代の大半を戦いに費やしてしまったのですね」
あのぐらいの年頃のマサキは、右も左もわからないラ・ギアス世界で、己の信じた正義の為に日々戦い続けていた。
プラーナの潤沢な地上人を正魔装機の操者に。世界平和という壮大な理念が生み出した妄念のような計画は、マサキに歳の近い仲間とじゃれ合う程度の休息しか与えなかった。ひとつの戦いが終われば、息つく間もなく次の戦いへと……その生活に、資本主義的な娯楽が入り込む余地は少ない。
ゲームセンター、シネマ、カラオケボックスに、アミューズメントパーク……シュウはそこまで地上世界の少年少女のカルチャーに明るくはなかったが、マサキと同い年の少年少女は、きっともっと潤沢な娯楽を経験していたことだろう。
その事実に、ラングラン王家の血を引くシュウは、微かな痛みを覚える。
マサキ=アンドーという力。世界の秩序を守る方法は、果たしてそれしかなかったのだろうか。
「青春、ねえ。どの道、大したもんじゃねえよ。全力で馬鹿をやるか、全力で生きるかの違いだろ」
「馬鹿をやることも、先の人生を生きる為には必要なことですよ」
「そうかね。俺は全力で生きる方が好きだけどな」
そう云い切れてしまうマサキは、最早、一般人ではないのだ。
シュウは彼が背負い、そして叶えてきた希望の数々を思った。その重みが彼をここまで逞しくしてしまった。それがシュウには申し訳なくも感じられてしまう。そうでなければ、こうしてふたりで肩を並べることなどなかったとわかっていても。
けれども、それをきっとマサキは、大したことではないと一笑に付してしまうのだろう。
それこそが、魔装機神操者。心に傷を刻み付けるほどの痛みを幾度も乗り越えた末に、マサキが辿り着いた境地である。
「なら、一緒に青春をしましょう。マサキ」
「お前、時々猛烈に変なことを口走るよな」
シュウの思い付きに振り回されることの多いマサキは、こういった時のシュウの行動が、自分にとって碌な結果を齎さないということを知っている。けれども、抵抗をしたところで、我が道を往くシュウを止められないことも知っている。
故に、諦観するしかない。
諦めきった様子のマサキの前髪を、シュウはそうっと抓んだ。新緑を思わせる、鮮やかな色味。それを指先で暫く弄んでから、静かに顔を寄せて、しっとりとした温みに満ちた彼の額に口付ける。
「な、お前、人目があるところではやめろって」
「羨ましかったのではないの」
空となった隣のベンチを指し示せば、そういうんじゃねえって……と、不貞腐れたような顔がそっぽを向く。
シュウはマサキの手を取った。
「あれもまた青春でしょう」
指を絡めて手を繋ぎ、そうして、ベンチから立ち上がる。口ではああだこうだといっても、本気で抵抗をする気はなかったようだ。続けてベンチから立ち上がったマサキが、繋いだ手を隠すようにシュウに寄り添ってくる。
「安い青春だな」
「云いますね。これでも精一杯の勇気を振り絞ったというのに。そもそも、高い青春とはどういったものを云うのです」
「馬鹿か、お前。それはこれから一緒に考えるんだろ」
自分の考えが全てではないという辺りが如何にもマサキらしい。
いや、もしかすると本当に彼は、人並みの青春というものがどういったものであるのかわかっていないのかも知れない。我欲に乏しいマサキ。彼はこうしてシュウとふたりでいても、希望らしい希望を口にすることが殆どないのだから。
――それならそれでいい。
シュウはマサキの髪に頬を寄せた。何処に行きますか。囁くように尋ねると、考えてはいたようだ。サーカス。と、口にしたマサキにシュウは微笑んで、サーカスのテントに続く道へと足を向けた。