1+1≠2

「1足す1は2にならない? お前、前にも同じことを云ってなかったか」
 それまでぼんやりと窓の外を眺めながら思索に耽っていたシュウが、不意に新たな知見を得たと口にして、それをマサキに話し始めたのがつい先程のこと。いつも突然に難解な理論を聞かされることになるマサキは、そういった内容を聞かせる相手が彼の研究分野に無知なる自らでいいのかと、常々疑問に思っていたが、いざそれを口にしてみたところで、シュウはあなたがいいのですよと云うばかり。故に今回も専門用語まみれの話を聞かされるのだろうと、マサキは身構えていたのたが、彼が口にした内容がこれまでも幾度か聞かされている小学校算数の問題だったものだから、拍子抜けしてしまった感は否めなく。
「水1リットルと米1リットルを足すと1.6リットルになるという話ですね」
「そうだ。米の隙間に水が入り込むから決して2にがならないってあれな。どうせまたお前のことだ。そういった卑怯な組み合わせを思い付いたんだろ」
「それも立派な数学の命題ではあるのですがね」
 マサキの卑怯という言葉が気にかかった様子のシュウではあったが、だからといって、延々と数字の定義について講釈を垂れるのは時間の無駄だと感じたのだろう。即座に気を取り直してみせると、先ずは例題とマサキにでも解ける単純な問題を口にしてみせた。
「ここに女性がひとりと男性がひとりいます。女性と男性が必ず番となる場合に出来る夫婦の数は幾つですか」
「そんなの簡単だろ。1つに決まってる」
「そういうことですよ。これ即ち、1+1=1の証左です」
「いやまあ、確かにそうなんだけどよ……そこに足し算を持ち込むのは何か違う気が……」
 言葉を発することもないままに無表情で何を考えていたのかと思いきや、1+1≠2についてであったりするのであるから、その後に話に付き合わされるマサキとしては堪ったものではない。高校数学ですら未履修のマサキなのである。何かがおかしいと感じた所で、それに対して上手い返しは出来ないのだ。
 ――人のモヤモヤばかり増やしてくれやがって……
 そうは思ったものの、シュウは相当にこの解釈が気に入ったようだ。上機嫌にも場所を変えて、マサキの隣に腰を落ち着けてくると、「ひとりとひとりを足すと、新たに強固な組み合わせが生まれる。カップル然り、夫婦然り。1+1、それ即ち1であるという答えをあなたは面白いと感じませんか」そんなことを云いながら、マサキの髪やら手やらを撫でてくる。
「何だよ、もう。犬猫を扱ってるんじゃあるまいし」
「あなたと私を足しても1になるのですよ、マサキ。これが嬉しく感じない筈がないでしょう」
 彼にとって思索とは真理を得る為の一工程であるのだと、マサキはいつか彼自身がそう語っているのを聞いたことがある。単純で自明の理でもある1+1=2という公式。恐らく彼はそれを覆すことで、マサキには理解の及ばない真理を見出しているのだ。
 頬やら肩やらと順繰りに撫でてくるシュウの手を、面倒臭い男だと感じながらもマサキは好きにさせておくことにした。確かに1+1が1になるという考え方は面白い。水1リットルと米1リットルの例えよりは、浅学せんがくなマサキでもすんなりと耳に入ってくる。けれども、決して彼のそういった考えを否定するつもりはなかったものの、それが自分たちの関係を表す公式になるのだとしたら――とマサキは口にせずにはいられなく。
「お前と俺を足したら3の方が俺はいいけどな」
「それはどういった理由です?」
「ひとりで出来ることには限りがあるだろ。1はどこまで云っても1であるみたいにさ。でもふたりになったら出来ることが増える。他の連中とは2.5なそれが、お前とだったらそれが3になるんじゃねえかなって、俺が勝手に思っているだけだけどさ……」
 マサキ、とシュウがマサキの顔を覗き込んでその名を呼ぶ。何だよとマサキは口にする。次の瞬間、彼はマサキの頬を包んだ両手でマサキの顔を引き寄せてくると、闇雲に。言葉を発することなく、そこかしこに口付けてきた。

140文字で書くお題ったー
貴方はシュウマサで『1+1=1』をお題にして140文字SSを書いてください。