WEEKEND

 長雨が過ぎて、燦燦と太陽が輝く青空の下。ラングラン城下町では月に一度の市が開かれていた。
 自宅に籠りがちだったリューネ=ゾルダークは、折角の好天。久しぶりに城下の空気を吸うのも悪くないと、愛機ヴァルシオーネRを駆ってひとり北へと向かった。
 僅かに浮かぶ薄い雲が気流に乗って流れゆく。今日の風は、いつにも増して心地良い……ようやくコンディションの良い天気に恵まれたからだろうか。心なしかヴァルシオーネRも喜んでいるように、リューネには感じられた。
 吹き抜ける風とともにはしり続けること半時間ほど。城に到着したリューネは、勝手知ったる他人の家とばかりに、その格納庫にヴァルシオーネRを収めると、早速、城下町へと繰り出した。
 辿り着いた市の賑わいに、浮かれる心。
 人いきれを縫って方々の出店を見て回る。
 かわいいと云われてはあれもこれも買ってしまう性分のリューネに、ウェンディたちはひとりでの買い物を禁じたい様子だったが、彼女らの杞憂に付き合っていては出来ることが限られてしまう。
 今日のリューネの襟元を飾っている天然石のネックレスも、そうしておだてられた末に買ってしまったアイテムのひとつだった。けれども、決して悪い買い物をしたとは、リューネは思っていない。いないからこそ、こうして折に触れては、買ってしまったそれらのアイテムを好んで身に付けて歩いていられるのだ。
「はいよ、お嬢ちゃん。ストロベリーホイップクリームな」
「ありがと、おっちゃん」
 服にアクセサリー、雑貨に食料品……デザートのクレープを片手に、色とりどりのテントが続く中央通りで、それぞれの出店をそぞろ眺めてリューネは歩いた。
 売っていないものはないぐらいに豊かな商品の数々。反物、織物、民族衣装に楽器、絵画……所せましとテント内に並べられた商品を、愛でては歩を進め、また愛でては歩を進める。
 リューネが腕に掛けている買い物袋は時間とともに重みを増していった。
「今日はこのぐらいでいいかな……っと」
 買うべきものだけでなく、買わずに済ませられるものも買った。久しぶりの好天に浮わついた心も物欲が満たされたからか、静けさを取り戻しつつある。だからこそ、買い物袋の持ち手を腕から肩に移動させ、膨らんだ荷物を背中で支えて、ヴァルシオーネRが待つ城の格納庫へリューネが戻ろうとしたそのとき、

 その場所だけが天然色のように色鮮やかに浮かび上がって見えた。

 マサキ=アンドー。リューネが地上での生活を捨ててまで手に入れたいと思ったラングランの守護神は、まるでそこにいるのが当たり前とでもいう様子で、市井の人間に紛れて出店の軒先に立っている。恐らくは、何か目を引く品があったのだろう。
 軒先に吊り下げられている革製品の数々からして、どうやらマサキが足を止めているのは革の加工品を扱っている出店のようだ。何を買うか悩んでいるときのマサキは、右手でしきりと襟元を弄る。その様子からして、真剣に商品を選んでいるに違いない。
 ――だったら、あたしが一緒に選んでもいいよね。
 そう考えて、マサキ、とその名を呼ぼうとしたリューネは、その隣に見知った風貌の人物が立っていることに気付いた。
 黒く髪を染め、眼鏡を掛け、普段とは異なるトーンの衣装に身を包んではいたものの、見間違えようのない人物ライバル。シュウ=シラカワ。父ビアン=ゾルダークと親しかった男と何度も戦場でまみえたリューネは、彼が自分たちに対する戦意を失って尚、好ましい感情を向けられずにいた。
 シュウはマサキに寄り添うように隣に立ち、その視線の先にあるものにともに視線を落としている……リューネの知らない時間をマサキと過ごしてきたらしい男は、どうもリューネたちの預かり知らないところでマサキと会っているらしい。その何となく感じていた予感が、現実のものとして目の前に在る。リューネは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 ――でも、マサキは何も云ってはくれない。
 それはシュウもそうなのだ。恋敵だと云ってみれば言下に否定してみせるくせに、そのくせ、マサキに対する執着心を隠そうともしない。ああだこうだと理由を付けてはマサキに絡んでみせる男。彼が本心では何を考えているのかリューネにはわかってしまう。

 きっと彼は、マサキが誰かのものになるのが嫌なのだ。

 リューネだろうが、ウエンディだろうが、プレシアだろうが、テュッティだろうが……そして、恐らくは自分自身でさえも。誰であろうと、マサキを獲得する者がいたら、彼にはその存在自体が許せないのだ。
 王宮育ちの自尊心か、それとも年長者としての自尊心か。シュウはそれを露わにすることはなかったけれども、いついかなる時でも努めて冷静さを保って振舞ってみせる彼が、それでも無視しきれずに絡んでしまうのがマサキ=アンドーという戦神。
 リューネには、それが恐ろしいことというよりも、とても悲しいことのように思えるのだ。
 ふと、数メートル先のシュウが何かに気付いた様子で面を上げた。彼はリューネを見た。見ただけでなくまともに目を合わせてみせたのだ。その黒く染め上げた瞳で。
 次の瞬間、彼は薄い笑みを口元に浮かべると、そのまま顔を落とし、マサキの耳元に何事か囁いた。何を囁いたのか、リューネには聞こえるべくもない。けれども、そのまた次の瞬間。マサキはリューネが見たことのない屈託のない笑顔をシュウに向けると、背中を伸ばして、何事かを囁くべくシュウの耳元に口を寄せていった。

リクエスト「ないしょ話」