似合わない色の服を着てみたマサキは、鏡に映してみた自分のその滑稽な姿に、ただただ苦い笑いを浮かべるしかなくなった。
最近の流行りは袖や裾がジャストサイズのタイトな作りですよ、と店員に勧められるがままに買い求めた式服。着る機会に恵まれないこともあって、クローゼットの中に仕舞いっ放しにしていた衣装だったけれども、過ぎた月日の割には丈が短く感じられることもなく。まるで誂えたようにマサキの身体にフィットしてくれたものだ。
待ち合わせの時間までは、まだ三時間ほどある。
早めに支度を終わらせるつもりでいたマサキは、予定通りに終わった支度に家を出ると、ラングランの大地を巡る為にサイバスターの操縦席に収まった。「何処に行くんだニャ?」そこでようやく、朝から大人しく過ごしていたシロとクロが口を開いて、行き先を尋ねてくる。
「さあ、何処にするかな」
「ニャあに、それ。大丈夫ニャの?」
「まあ、迷ったらその時はその時だ」
マサキはサイバスターを疾らせた。
それでいいのかと二匹の使い魔は表情を曇らせていたものだったが、マサキにはマサキの考えがあってしていること。きっと、そう考え直したのだろう。いつものように騒ぎ立てることもなく、コントロールルームの隅に居場所を決めると、二匹で身体を寄せ合うようにして丸くなった。
――好きにするさ。
風の向くまま、気の向くまま。平原を抜け、丘を上がり、川を渡って、谷を駆ける。ラングランの爽やかな風を受けて、その恵み豊かな大地を往くサイバスターは、マサキの考えが伝わっているのだろうか。まるで揺り篭のようにマサキの身体を受け止めながら、その目に様々な景色を届けてくれた。
過ぎた歳月の分、積み重なった思い出の数々がマサキの脳裏を過ぎる。
それがいつの日のことであったかといった細かい情報までは思い出せなかったものの、映画のワンシーンのように浮かび上がる光景に限りはなく。
そこには他愛のない日常の一コマもあれば、悲しい別離の一コマもあった。勇ましく戦った日々の一コマもあれば、その日々に束の間の安らぎを感じた日の一コマもあった。――この大地を舞台に、自分はこれだけの思い出を抱えるほどに生きたのだ。いつしか少年時代を終えていたマサキは、終わりなく続く思い出の記憶の密度の濃さに驚きを隠せずに。目の前の景色から目を逸らすと、自らの手のひらに視線を落とした。
――通りで俺の手も逞しさを増す筈だ。
剣を握り続けた手のひらは、ラングランに召喚された頃の柔さが嘘のよう。潰した肉刺の分だけ肉厚になった手のひらに、少しばかり寂しい気持ちを感じながらも、あまり遠くまで行き過ぎる訳にも行かないとマサキは気分を切り替えて、王都に向かうルートにサイバスターの舵を切った。
谷を駆けて、川を渡って、丘を下り、平原を抜ける。
厄介な特性でもある方向感覚の欠如。時として突然にマサキに襲い掛っては、盛大に道に迷わせるその特性は、どうやら今日に限っては空気を読んだようだ。帰路を往くこと一時間ほど。無事に王都へと辿り着いたマサキは、そろそろと姿を集めている面々に合流を果たすと、全員が顔を揃えるのを待って、セニアが待つ王宮へと向かった。
「そんなに畏まらなくてもよかったのに。あなたたちらしくもない」
苦笑しきりでマサキたちを出迎えたセニアは、この日の訪れを覚悟していたのだろう。取り立てて変わった様子もなく。もしかすると、既に自らの感情を消化しきってしまった後なのやも知れない。そんなことを考えながら、「それじゃあ、行きましょうか」マサキは地下へと下りてゆくセニアの後を付いて歩いた。
点々と明かりが壁を照らす薄暗い階段を下りる。思ったよりも深い。百段は下りただろうか。不意に空間が開けたと思うと、豪奢に装飾が施された身の丈五メートルほどの両開きの扉が姿を現わした。
「変わりはない?」
「はい、セニア様」
「そう。なら、開けて頂戴」
扉の脇に控えていたふたりの兵士が、ゆっくりと扉を開く。
青白い炎が焚かれた霊廟は、厳かな空気に満ちていた。だだっ広い空間。壁に描かれた紋様がぼんやりと光を放っている。マサキはセニアに続いてそこに足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌を刺す。一歩、二歩……ゆったりと足を進めるセニアに続けば、中央にある石造りの台の上に、生前の姿そのままに眠る彼の身体がある。好んで着用していた衣装に身を包んだ彼の姿は、今にも目を開きそうなほどに汚れなく。けれども精彩を欠いた肌の色は、その肉体が朽ちていこうとしているのを如実に物語っていた。
「人間の命なんて、呆気ないものね」
誰にともなくセニアが呟く。マサキはその隣で、黙って彼の顔を見下ろしていた。
緩く波を描く髪の下に覗く伏せた瞼。冷ややかながらも強い意志を秘めた瞳が開かれることは、もうないのだ。わかってはいても、何処かで期待をしてしまう自分がいる。しぶとく生にしがみ付き続けたこの男が、こんなにもあっさりと命を終える筈がないと。
――目を、開けろよ。
心の中で、そっと。呼び掛ける言葉に、返事はない。
「何かしたいことはある? なければこのまま、荼毘に付すけど」
セニアの言葉で我に返る。馬鹿なことを――……自分の未練がましさを噛み潰すように、マサキは一度口唇を深く結んだ。そして、モニカやサフィーネ、テリウスはどうしているのかと、狂乱の態だった彼らの現在の様子について尋ねた。
「大丈夫よ。もう大分、落ち着いたわ」
「そうか……それなら、いい」
なら、と扉の向こう側に控えている二名の兵士に、セニアは彼の亡骸を動かすように指示を出した。
その瞬間、瞳の奥に、焼けるような衝撃を感じた。
無理だ――。マサキの心が悲鳴を上げる。こんな別離れなど納得出来る筈がない。マサキは弾かれたように台の前、二名の兵士の前に立ちはだかると首を振る。
マサキ、とセニアがその名を呼ぶ。わかってる、とマサキは答えた。
「わかってる。けど、もしかしたら、前みたいに――」それ以上は震えて声にならなかった。
いつしか溢れ出ていた涙が頬を伝う。ぽたり、と黒い式服に染みを作っては、後から後へと流れて止め処なく。
どう自分の感情を表せばいいか、などマサキにはわからない。けれども口にしたい言葉は決まっていた。
声を振り絞って、マサキは精一杯の声を発する。
「だから、もう少しだけ――」
あなたに書いて欲しい物語
yuriさんには「似合わない色の服を着てみた」で始まって、「だから、もう少しだけ」で終わる物語を書いて欲しいです。可哀想な話だと嬉しいです。