家を訪れていたマサキとなんとはなしに地上に出ようという話になって、よもや魔装機神たるサイバスターをそんなささやかな欲望の為に使わせる為にも行かないと、シュウがグランゾンを出すことにした夜更け。
「思い出していたのですよ、あの日のことを」
彼を膝の上に乗せながら転移システムを起動させたシュウは、やがて視界が開けるまでの間。マサキが来るまでの時間に振り返っていた過去の一日について、彼自身に聞かせることとした。
「あなたに初めて好意を告げた日のことを」
ああ、と頷いたマサキもまたその日のことを明瞭に覚えていたのだろう。シュウを振り仰ぐと、頬に手を伸ばしてきながらごめんな、と心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を吐いてくる。
―――愛していますよ、マサキ。
たった一度、告げるだけに留めておこうと思ったその言葉を、繰り返し彼に聞かせてしまったのは、彼が自分に抱えてしまっている蟠りの数々をそのままにはしておけないと、我儘にもシュウが思ってしまったからだった。自己中心的な感情。もしかすると、ただ想っていられればいいと思っていたあの頃のシュウは、その言葉を口にした瞬間に、マサキを獲得したいと望むようになっていったのかも知れない。
「今、あなたがこうして傍にいる。それだけで充分ですよ、マサキ」
マサキの心変わりがどうして起こったのかシュウにはわからないままだった。自らの力で思うように出来ない状況に陥ってしまったシュウが犯した大罪を、彼は赦したように見えて赦してはいなかったのだと思い知らされたあの瞬間。彼が浮かべていた表情が、忌避や嫌悪感といったものであったならば、シュウはこんなにも彼に執着することはなかっただろう。
全てを飲み込んだ、無。
マサキは過去に対する自分の本音を胸の内に秘めたまま生きているのだと、その表情を目にした瞬間にシュウは思ったものだった。決然とした拒否の表れ。色を失った瞳が全てを物語っていた。
だからこそ、シュウはマサキに理解を求めたのだ。
彼を頼り、彼と肩を並べ、彼を救い、彼を守った。決してシュウは意識していなかったものの、こうして過去を振り返ってみるに、シュウの人生はあの頃からマサキを中心として回っていたのだろう。そう、それは今となっても尚。
―――どうしても許せないんだよ、お前がしてしまったことが!
いつかの雨の日。何度目の告白を聞いた直後に、彼はずぶ濡れになりながらシュウの胸を叩いてそう慟哭した。ゼオルートのおっさんを返せ。美しかったラングランを返せ。戦火で喪われた都市を、そして奪われた命を返せ。珍しくも感情を剥き出しに迫ってくるマサキの心からの叫び。降りしきる雨はまるで彼の癒されない哀しみの度合いを表しているようだった。
シュウは哀しみを押し隠すことが出来ずに、マサキの小柄に思える身体を抱いて自身もまた慟哭した。返せるものなら全てを返したい。けれども私には捧げられるものがこの身体ひとつしかない。そのシュウの言葉に、馬鹿野郎。何を言葉にすればいいかわからなかったのかも知れない。そう返したマサキは、シュウの背中に回した手で衣装をきつく握り締めると、ひたすらに泣き続けてみせた。
それが分岐点だった。
恐らくは互いに傷を曝け出し合わなければ、距離を縮めることなど出来ない関係だったのだ。それからのマサキはシュウに対する態度を軟化させた。そう、シュウが好意を告げる言葉を軽くあしらってみせるまでに。
「ほら、見てみろよ、シュウ。月が綺麗だ」
地上への転移を終えたグランゾンのコンパウンドアイの向こう側に広がる夜景。街明かりの奥に真珠のように輝く月がある。小さく映るあの星で、かつて自分たちは雌雄を決する戦いをしたのだと、まるで物語を呼んでいるかのような気持ちになりながらシュウは思った。
そして、本当にそうですね――と、マサキの言葉に頷いてから、こう言葉を続けた。
「ねえ、マサキ。あなたはどうして私の気持ちに答えようと思ったのですか」
気付けばあれから三年が経過してしまっていた。
その歳月が頑なだったマサキの気持ちを解きほぐしていったのは間違いなかったものの、だからといって一足飛びにシュウの気持ちに応えてみせるなどとどうして思えたものか。比類なき意思の強さを誇る彼は、一度こうと決めたことは簡単には譲らない性格だったのに。
何だよ、今更。そう云いながら、マサキは再びシュウの顔に手を伸ばしてきた。そしてそうっと、その口唇に触れながら、「お前じゃなきゃ理解出来ないだろ」
自らの哀しみの預け先をシュウに求める言葉を聞いたシュウは、コントロールユニットに置いていた自らの手を離した。そのまま、膝の上にあるマサキの身体を抱き締める。自分よりも大分、体温の高い身体。その慣れた温もりが、けれども今さっき得たばかりのもののように新鮮に感じられる。
「……愛してるよ、シュウ」
嗚呼、自分は他に得られないものを得たのだ。柔らかく胸を満たすマサキの言葉に、擽ったさを感じたシュウは、それを誤魔化すように小さく笑った。マサキも滅多に口にしない言葉を口にした気恥ずかしさがあるのだろう。微かに頬を上気させながら、こそばゆそうに身体をすくめて笑ってみせた。
幸せとはこんなにもささやかで、けれども重いものであるのだ。
シュウは夜空に輝く月に目をやった。欠けるところのない月は、かつてそこで命を削り合ったふたりを祝福するように、淡い光でグランゾンを包み込んでいた。
愛してると言われたら
【シュウの場合】
愛してると突然言われた。胸がじわりと暖かくなる感覚が心地よくて、でもくすぐったくて、くすりと笑う。相手もまた同じようにこそばゆそうに体をすくめて、笑った。幸せだと思った。